明治期の京都で、ある美人投票が世間をにぎわせた。
1910(明治43)年、京都新聞の前身に当たる京都日出新聞が、
創刊25周年を記念して実施したものだ。
1位になった芸妓の写真はがきを先ごろ入手した大阪府立大の橋爪紳也教授(建築史)
らによると、当時、衆目を集めた京美人決定戦は、ア
イドルグループ
「AKB48」総選挙も顔負けのし烈を極めたらしい。
日本での美人投票の歴史は、1891年に東京・浅草の高さ52メートルの凌雲閣で
芸妓100人の写真を掲示し、入場者が投票を行ったのが先駆けとされる。
はがきは、戦前の観光や都市文化を研究している橋爪教授が、
インターネットオークションで購入した。
はがきの裏に芸妓の白黒写真があり、下部に
「京都日出新聞主催廿(にじゅう)五美人投票
第一位當(とう)選者(祇園新地)佐々木富勇」
と書かれている。
京都日出新聞が主催した美人投票について京都新聞の社史には詳しい記載がないため、
橋爪教授は
「初期のミスコンテストが新聞社によって企画され、
趣向を凝らして行われていたことを示す貴重な資料」
と指摘する。
当時の新聞記事によると、投票は5人までの名前を記入して郵送する形式で行われた。
途中の得票状況を紙上で公開し、高得点者は写真を載せる力の入れようだった。
4月12日付に最終結果を掲載。
佐々木富勇が、同じ祇園新地の鈴木三榮に9万票を超える差をつけて女王の座に就いた。
京都日出新聞は翌13日の1面で、創刊25年号を20日に発行すると告知。
上位5人の写真を載せた絵はがきを付録にすると記した。
橋爪教授が入手したのは、その1枚とみられる。
6位以下の20人は記念号で1ページを割いて全員の写真を掲載した。
【京都新聞】