ゴールまで残り50メートル。
最後の直線で先頭に立ったオルフェーヴル(牡4歳)が、
日本馬として世界最高峰レースの凱旋門賞(GI、芝2400メートル)を
初制覇する快挙の瞬間まであとわずかに迫った。
だが、鞍上のクリストフ・スミヨン騎手は
「ソラを使う(集中力を欠く)ようなところがあったかもしれない。
ゴール前で大きくよれてしまった」
と、ロスのある走りに危機感を抱いていた。
その不安は不幸にも的中してしまった。
後方から猛追したオリビエ・ペリエ騎手騎乗のソレミア(牝4歳、フランス)が
一瞬の隙を突くようにゴール直前でオルフェをかわし、
首差でゴール板を駆け抜けていった。
歓声とため息が織り交ざる。
この2頭と3着との差は7馬身。
2頭の一騎打ちとなり、まさに近年まれに見る名勝負といっても過言ではなかった。
オルフェは18頭立ての18番枠からの発走だった。
凱旋門賞は内枠有利が定説で、実際、過去10年で10番枠より外枠の馬が勝ったのは
2頭のみ。
特にオルフェは大外枠に入った今年の阪神大賞典(2着)は3コーナーを突き抜け、
天皇賞・春(11着)は後方ままで瞬発力を発揮することなく、
圧倒的1番人気を
裏切る結果をみせていた。
ただ池江泰寿調教師は
「18番枠は“鬼門”に思われるかもしれないけど、
自分のリズムで運べるから内枠より外の方が欲しかった」
と前向きに捉えていた。
その言葉を裏付けるように本番の4日前の3日、
最後方からラスト300メートルで仕掛けさせる調教を行っていた。
本番では後方2番手を追走する待機策を取り、最終コーナー直前に徐々に進出。
最後の直線、残り300メートル付近で先頭に立つ競馬をすでに試しており、
手応えを感じていたのだろう。
だからレース後「後方で折り合いをつけることは予定通りでした」
と。
綿密な計画が、まさにあと一歩で快挙を逃したとはいえ、結実していた。
凱旋門賞3勝目を逃したスミヨン騎手は
「直線を向いてから追い出しての反応は良かったが、内にもたれてしまった。
途中で右ムチに持ち替えたものの、さらに内ラチに寄っていった」
と決して万全なレース運びではなかったと振り返った。
「後ろから来ていることは分かっていた」だけに「残念だ」と無念さを隠しきれない。
それでも「凱旋門賞でこれだけやれた(日本馬は)いなかった。よくやった。
先頭に立ったときは勝ったと思った」
と愛馬の健闘をたたえた。
日本馬は凱旋門賞に1969年、天皇賞馬スピードシンボリが挑戦し着外に敗れて以来、
これまで延べ12頭が“世界一”の権威と名誉に挑んできた。
1999年のエルコンドルパサー、2010年のナカヤマフェスタの2着が最高位で、
オルフェは肩を並べる結果に終わった。
しかし、今回の2位はある意味で日本の競馬が世界のトップレベルに近づいたことを
実証した価値ある2位ではなかったか。
日本馬の海外遠征は、1958年のハクチカラにさかのぼる。
ダービー、天皇賞、有馬記念を勝った名馬は困難を極めた渡航ながら米国で勝利、
衝撃的なニュースとして全世界に流れた。
これを先例に数多くの名馬が世界に挑戦したが惨敗が続き、
一時、遠征熱が冷めてしまった。
日本中央競馬会(JRA)は海外遠征への報奨金を拠出して遠征を後押し。
81年には国際招待レースのジャパンカップ(GI)を創設し、
世界に通用する馬の競走力、調教技術の躍進に結びつけていった。
さらに“血のスポーツ”といわれるほど血統が重要視される競馬で、
生産者が経済的バブルという背景も手伝い、高額資金を使って海外から良血馬を輸入し、
競走能力の高い競走馬輩出に努めた。
その代表格がサンデーサイレンスだった。
90年代から登場した産駒は外国馬に劣らないスピードと瞬発力に優れ、
徐々に海外で結果を残すようになった。
その血統は日本競馬界を席巻。
オルフェーヴルの父ステイゴールドはサンデーサイレンスの子であり、
ステイゴールドは国内で生まれた内国産。
その子であるオルフェは父内国産馬となる。
父内国産馬の海外レースでの活躍はオルフェが初めてといえるものだった。
スピードシンボリが日本馬として凱旋門賞に初挑戦した1969年は、
くしくもオルフェを管理する池江泰寿調教師が生まれた年だった。
そして2006年に三冠馬ディープインパクトで参戦し、3着(のちに失格)にとどまった
父、泰郎氏に、小学生のころから「凱旋門賞は世界一を決めるレース」と教えられてきた。
凱旋門賞には父子2代にわたる“執念”が宿っていたといっても過言ではない。
それだけに首差の2着惜敗に、池江泰寿調教師は
「携わる自分の技術がまだまだ世界レベルになかったということでしょうか」
と自らの力不足を口にし、無念さをにじませた。
そして「日本の調教師はこれからもどんどん技術向上に精進し、
このレースを勝たなくてはならないと思います」
と日本競馬界全体のレベルアップを促し、
「明日から出直して、このレースに勝つために戻ってきたいと思います」
と“臥薪嘗胆”を誓った。
【産経新聞】