突然の訃報でした。昨秋に、入院・手術をしたということは聞いていました。
詳細の事情を知っていた共通の友人は、病名と状況は知っていたようですが、個人情報だからといって、教えてはくれませんでした。
でも、教えてくれないってことは、あまり楽観できない病気なのかなと予測できました。
うつ症状が出ていることは教えてくれました。
もうそれならば、あの病気しかないと予測が確信に変わりました。
まあそれでも、それは胸の内に秘めたまま、時が流れていきました。
手術が済んだことは聞いていましたが、それからは本人からもその詳細を知っている友人からも、何の連絡もありませんでした。
手術前に一度本人にメールした時に、「うつ症状があるから、また上向きになればこちらから連絡する」と返信があったので、私から連絡するのは控えようと思いました。
結局それが最後のやりとりとなってしまいました。
共通の友人にその後の状況を聞けば良かったのかもしれないけど、年末が近づき、クリスマスになり、年が明けてもどちらからも連絡がないってことで、なんだかとっても嫌な感覚が私の心をずっと支配していました。だから余計に聞けなかったし、聞いてしまったら、何かが終わるような気がしていました。
訃報が入った日の未明は、何度も何度も夜中にトイレに行きました。さっき行ったばかりなのに、もよおして起きてしまう。ああ、年をとったのか、過活動膀胱か?と思ったりしました(結果、夜中にそんなにトイレに行ったのはその日だけでした)
でも、その時彼女は、まさに光に帰る準備をしていたのですね。明け方4時に永眠しました。
彼女と私は境遇が似ていて、ひとりっ子で独身。お互い、母親を先に亡くしました。
その後お父様と2人暮らしをされていたのも、一昨年前までの私と同じでした。
でも何となく、以前の彼女とは違うな、ちょっと元気がなくて気落ちしているなという印象を持っていました。
もちろん本人には言いませんが。
私は、母を亡くしてから父と2人暮らしの日々が相当辛かった。
嫌いとか仲が悪いというわけではなくて、どんどん体力が無くなり病気がちになっていく父を見るのが辛くて心細かったのです。
親戚の人たちも優しいけど、この辛さを分かち合えるかというとそれほどでもなくて、私は一人で、父を失うことの恐怖と常に向き合うストレスから壊れそうになっていました。
でも、なんだかんだ言うても病気にならなかったのが不思議。偉大な何かに守っていただいたのでしょうか?
亡くなった彼女が、私と同じ気持ちだったかなんてことは本人じゃないのでわからないけど、似たようなしんどさがあったのかもしれない・・・
と勝手に想像して、そしてひとり残されたご高齢のお父様を見るのが辛く、また若くして逝った彼女を思い、後悔やら謝罪やらの感情が押し寄せて、恐ろしいまでに会場で号泣してしまいました。恥ずかしい・・・。
柩に入った彼女は切ないまでに美しく、でも安らかで、一切の病の苦悩から解放されたかに感じられました。
桜の咲く頃に、またみんなと美味しいお酒を飲みましょう
