人間には誰にでも想像力がある
でも人によってどうもその想像力の大きさが様々なようだ
たとえ想像力が乏しくても
一生懸命に想像してみるということがとても重要に感じる
特に人は(自分への戒めも含めて)自分自身への想像力は働くが
他人への想像力は極端に乏しくなってしまうような気がする
「わが身をつねって人の痛さを知れ」という言葉がある
当たり前のことだが目の前にいる他人の腕をいくらつねっても
自分は痛くない
津波によって家族を失って、寒空の中で、避難所で不自由をされている人を見て
その人の悲しみと苦しみと辛さをどれだけ想像できるだろうか
多分、その人になり代わらなければ絶対に分からない
でも、その分からないということを前提に一生懸命想像しようという試みは必要なのだと思う
2万人を超す死者の発表を聞くが
2万人という値だけが一人歩きする感じがする
そこには、一人ひとりの悲しみと苦しみと辛さと無念さ
その亡くなった一人ひとりの周りには
その一人ひとりを知る多くの人の悲しみと苦しみと辛さがあるのだと思う
水の買いだめをすることによって
乳幼児を抱えたお母さんにその水が渡らなくなることを想像すると
簡単に買いだめはできなくなる
新宿駅で長蛇の列に並んでいるサラリーマンにインタビューしていたニュースを見た
サラリーマンは「東北の人達のことを想像すると、このくらいなんともありませんよ」と答えていた
先日、近くのスーパーで開店前に並んでいた人の列を見て
60代位の親父が店員に「並ぶなんてどこに書いてあるんだよ」と怒鳴っていた
大きな地震が来て、大きな津波が押し寄せて、危険な原発がどうなるかを
東京電力などの関係者がどれだけ、想像力を働かしていたのかなと思うと
今となってはため息がでるばかりだ
想像力の乏しい政治家なんかいらない!