BEPPINE元副代表のあすなです。
じゃすみんのブログだけどお邪魔してみます。
前回の続きで、「日本の若者」の間の流行りについてちょっと書いてみます。
やっぱり、お腹がいっぱいだからじゃないのかなぁ
山田詠美の「僕は勉強が出来ない」で、
虚無だの喪失感だの哲学的な事ばかり考えている男の子が出てきて、
主人公の秀美くんとクラスメートのよく貧血になる女の子は、哲学的なその男の子を訝しがるねん。
結局、その子も骨折した時は哲学どころじゃなくなっちゃって泣き叫ぶんだけどね。
秀美くんの結論は、そういう哲学的思考に代表されるものは「身体の不快感・痛み」「空腹」といった生存に関わる問題には勝てないんだと。
どっかの国際開発(援助)の研究者は、今の50~60代と30代以下では開発に関わる動機とか姿勢が決定的に違うと分析してたょ。
戦後復興を生きてきた人達は自分達も廃墟と貧困と飢餓との中から、自分の力ではい上がって来たって意識があるから、途上国を見る視点もどこか昔の日本と重ねてみたり「お前らも大変やけど頑張れよ!」って気持ちがあるらしい。
で、30代以下は生まれたときから苦労せずにこの世界有数の経済大国で暮らしているわけで、
世界の格差や途上国の貧困に罪悪感を感じてしまう傾向があるらしい。
私もそうやけど。
自分は貧困を経験してないし、生まれた国が違うだけでなんて不公平なんだろうと、その状況が不思議過ぎて好奇心さえ感じた。
フィリピンでも若者の間で国内の社会問題に取り組むNGO職員とかソーシャルワーカーは日本より多いくらいいるんだけど、動機というか姿勢がちょっと違う気がする。誤解を恐れずに言うなら、より政治的というか・・・
でや、日本で国際開発したいっていう学生に見られる共通点をあえて挙げるとすれば
「夢見がち」
かなw
やっぱ生活感とか将来設計とかある意味で非現実的だったり地に足着いてない人が多い気がする。
良い意味でも悪い意味でも。
んー気持ち悪いと言われる原因があるとすればここかな。w
グローバル化が、国際開発に関心持つ、やらなければという動機を持つ、実際やる、どの場面においても促進してきたこともあって、世界的に若者が国際開発やる傾向ってあると思うけど、どこかの宗教の教徒若しくは宗教圏出身であるかどうかとか見ていくと、日本の状況をどう理解して良いのかちょっと分からんくなる。
将来的に、日本の経済力が低下して、日本人の生活レベルが落ちていっても、国際開発の流行りが続くかどうかは面白いところかもしれないね。