せっかくフィリピン行ってきたのに、それに関する話全然してないよねー。

あすなです。


帰ってきてからじゃすみんと話していたことなんだけど、

例えば、スモーキーマウンテンにいる貧しい人達を見る視点で、支援の方法とかスタンスが変わってくるっていうので。


派遣切りにあってホームレスになってる人に対する議論とちょっと似てると重いますが。。。


じゃすみんは、その場に居て仕事があるのにしない人達を甘やかしてちゃダメで、現状に甘んじずにもう一歩厳しくというか、シビアにならないといけないんじゃないかという主張で、

私の方は、その人達が今の状況になった原因を完全に彼ら個人に還元することは出来ないから、どんなにあかんたれでも見捨てたくないっていう主張でした。


前者の考え方を重視した場合、NGOだったら仕事を作り出す手伝いしたり、ハローワークだったら仕事紹介したり、個人の努力で成功が出来やすくする環境を整える支援の方法を取ることになると思う。

後者の方だと、もう少し政治運動的なアプローチで社会構造を変えようとしたりするだろうし、前者の方法ももちろん採用するだろうけど、そこで頑張れなかった人のための支援にも手を出すだろう。


で、結局どっちが重要だとか正しいとかいう議論は不毛だとかなり感じていています。

ただ、「どっちも大切」っていう結論で終わる段階はとっくに終わっていて、

「どっちも大切」っていうのは前提なんだと思います。

どんな社会・経済状況ではどちらの考えをどのように優先させるのか、

という文脈との関係で語らないと、次に進めないと思います。



ところで、貧困の原因を個人におく立場と社会に置く立場を主張する人達はそれぞれ、「共感」と「想像力」が欠けているのではないでしょうか。


個人の責任だという人は、自分と全部若しくは一部違う状況に置かれた人への共感に欠けているし、

社会の責任だという人は、自分と違う他人の性格や思考への想像力が欠けていると思います。

みんな、働きたいけど働けないんだ。というような主張です。仕事があっても働きたくない人は居ます。


ってな感じで、それぞれ自分の立場を客観的に認識した上で、建設的な議論がされるようになったら良いと思います。