あなた方は、水が飲めなくなる現実というものを想像できるでしょうか?あなた方が普段、本当に当たり前のように水道の蛇口をひねり、当たり前に使っている水、その水が飲めなくなった状態を想像する、また、そういった状況を真剣に考えてみたことがある人が、いったいどれだけいることでしょう。

 

 


 例えば、非常に激しい天変地異が現実に起こった場合、あなた方人類は、普通の当たり前の日常が一変し、すべての生活が激変してしまうことは想像がつくと思います。こういった話をすると、いや、浄水器というものがある、かなり高性能なものも市場にでまわっている、だから飲み水が確保できなくなることはありえないとおっしゃられる方もいらっしゃるでしょう。

 

 


 ここで、あなた方に一つ気付いてほしいことがあります。それは、この地球上の人類の中で、浄水器というものを手に入れ、そしてそれを使い、飲み水を確保できる人間が、いったいどのぐらいの割合でいると思いますか?あなた方の目というもの、あなた方のものの考え方というものは、本当に例えるなら、針の先ほどと言ってもよいくらいの狭い視点、自分も含め、せいぜい自分の家族という範囲でしかとらえることができない方がほとんどです。

 

 


 私たちはすべて、共生の関係でなりたっています。わかりやすく説明すれば、例えば、あなた方日本人の、毎日の食事、主食に始まって、野菜、果物、肉、魚に至るまで、いったい誰が作っているのでしょう。そして、どこから仕入れてくるのでしょうか。また、今、あなたが身に着けている服も、いったい誰が、その原料となる綿を栽培し、そしてそれを服という形になるまでに、いったいどれほどの人の手が加わっていると思いますか?そしてその服が仕上がり、それを運ぶ人、そして店に仕入れる人、販売する人、本当に多くの人の手を経て、それはあなたの手に渡るのです。そして、そこに携わっているのは、あなた方日本人だけでしょうか?当たり前のように生活していると、お金さえ払えば何でも、何不自由なく生活できると錯覚しているあなた方ですが、いったいあなた方一人一人が、朝起きてから、夜寝るまでの間、当たり前のようにあなたの口に入るものすべて、あなたが手にするものすべてに、いったいどれほど多くの世界中の人々からの恩恵が込められているのかを考えたことがあるでしょうか?

 

 


 今、人間という視点で話をしましたが、視点を変えて、例えば、あなたの食べる一粒のお米ができるまで、いったいどれほどの生命、そして自然の恩恵によって、一粒のお米になるのか考えたことがあるでしょうか?あなた方は、本当に、完全に、すべての命が支えあい、関わり合い、お互いに助け合い、そして、今のあなたがあるのです。もし、そこのところに、多くの人たちが本当に心の底から気が付けば、愛と感謝に満ち溢れた世界に、この地球が今すぐにでも変わるでしょう。

 

 


 あなたが、今日を当たり前に生きることのすばらしさを、本当に心の底から感じてみて下さい。そしてその上で、命というもの、生きるということ、そして、自分の生活というものに向き合ってみて下さい。

 

 


 今、地球は、本当に大きな転換期に来ています。そして、あなた方の、今当たり前に過ごしている生活自体も、激変する時期が近いうちに必ずやってきます。今のあなた方の意識の在り方次第で、その後の未来が、まったく違った未来を迎えることになるのです。

 

 


 何度も言いますが、真剣に、命というもの、生きるということ、そして、あなた方の生活というものについて向き合って下さい。

 

 


 すべての破滅を選ぶか、再生を選び、分かち合い、喜びに満ちた未来を選択するか、あなた方一人一人にかかっているのです。そして、すべてが一人一人の責任でもあるのです。