あなた方に、このような形でメッセージを出し始めてから、早いもので、もう2年近くたちます。
このメッセージを読んで下さることが、少しでもあなた方の成長の礎になればと思い、彼女を通しメッセージを伝えさせていただいております。
実際、このような形で、つまり、文章、言葉という形で、あなた方が、私たちの伝えたい内容を理解してようと思っても、実は、言葉によって本当のところを伝えることは、非常に困難であり、実際に言葉で伝えるという形態をとる場合、かなりの弊害というものも発生してしまう可能性も高いというのも否定できない状況の中、それでも、あえて、あなた方にメッセージを伝えさせていただいているのです。それでも、あえて、あなた方にメッセージを伝えさせていただいているのです。どうか、私たちの伝える内容を、鵜呑みに受け取るのではなく、メッセージを読んでいるあなた方自身の、内なる声にも耳をすませながら、伝えようとしている私たちの意図を、少しでも汲み取っていただけたらと思います。
現実の所、いくら口で言ってみても、言葉を並べ立ててみても、あなた方は頭の中だけで、この宇宙の理の深遠なしくみを理解するようにはできていません。
数々の経験を通し、初めてそこから自己の成長につながる智慧を得られるのであって、また、そこで得られた智慧も、人に言葉で伝えるのは、中々、困難というか、不可能に近いのです。
誰かが、何らかの体験をしたと仮定した場合、そこで体感した感覚は、実際のところ、いくら説明しても、受け取る立場としては、自分にその経験がない場合、なんとなく想像してみることはできても、体感することは不可能なのです。
つまり、簡単にいいますと、砂糖を舐めたことのない人間に、砂糖は甘いのだといくらいったところで、実際に砂糖を舐めてみないとわからないと同じことが言えるのです。味わってみて初めて、ああ甘いというのはこういった感覚なのだと理解することができます。つまり、私たちの使っている言葉というものは、さまざまな感覚や、状態等に対し、共通の言葉というものを当てはめているのであって、その言葉が、すべての人に共通した感覚、状態であるといいきれないというのがおわかりでしょうか?
ですが、私たちはやはり、伝える手段として、言葉を使い表現しますが、その言葉を聞いただけの状態で、理解したと思っている方々の理解の範囲は、その方の過去の経験の枠をけっして超えることのない形での理解であるということを、ご理解していただければと思います。
それを理解すれば、自分が語ったことに対しての、相手の反応に対し、相手が理解できないことに腹をたててみたり、なかなか理解してくれないと心が乱れることなく、お互いにあいてを尊重し合う関係性が築けるかと思います。
すべての現象に対しても、経験に対しても、一人一人、千差万別で、それぞれがそれぞれの、その人間の過去に経験した範囲での中で、理解される感覚が前提になっていて、まったく同じ感覚、同じとらえ方をするわけではないのが、当たり前であり、そして、それが個性と呼ばれるものであって、そこを否定するのは、自分すら否定するのと変わりがないことであることを理解していただきたく思います。
かなり、抽象的な表現で、わかりづらいかと思いますが、よく噛み砕いて、私たちが言わんとすることを理解していただけたらと思います。
ビーワンの体験に関しても、すべての人が、同じ感覚、同じ認識を持つわけではなく、でも、お互いの個性を認め合い、尊重しあい、そして全く同じ方向性を強制するのではなく、それぞれの方向性を認め合うことができることが、真の共生というものだと認識していただければと思います。
この地球上の人類は、それぞれの国が、それぞれの文化を持ち、たどってきた歴史的背景、その国の環境等、観念や感じ方にかなりの相違があります。国が違うとその相違について、理解しやすいのですが、同じ国、同じ地域、同じ職種など、狭まれば狭まるほど、誰かの決めた枠組みの中に押し込むことを強制しがちです。
統合、和合、というと、つい一つの方向性に流れると考えがちですが、統合というのは、それぞれの個性が合わさり、認め合う、そして和を持って、共存共栄していくということではないでしょうか?
そして、それは人間だけにとどまらず、すべての生命の生存に対しても互いに認め合い、初めて共存共栄が可能になるのだとご理解いただきたく思います。今回お話した内容は、安易に言葉尻だけで受け取らず、しっかり吟味して考えていただければと思います。