世界の中心で愛を叫ぶという映画が、以前、大ヒットしましたが、世界の中心、この大宇宙の中心、そして、あなた方を含め、あなた方の目に写るすべてのものに存在する中心に、確かに愛は存在します。というより、中心そのものが愛を発する、すべてのバランスの源であるところの中心、すなわち、すべての根源であるところの神そのもの、愛そのものであるのです。そして、あなた方を含め、すべてのありとあらゆるものの中には、中心が存在し、そしてそこから、神の働き、そして愛が表現されているのです。バランスの取れている状態は、愛そのものであり、愛の波動を発しているとは、つまりそういうことなのです。

 

 


 宇宙に満ち満ちている、すべての目に見える物質、また、すべての目に見えない気体に存在する粒子は、物理学の世界では、原子、電子、素粒子、中性子等の名称で表現されている通り、すべての中心であるところの中性子を含んでいます。つまり、この宇宙に存在するすべてが、一つの根源で成り立っているということがおわかりになるかと思います。

 

 


 あなた方の肉体の細胞の一つ一つ、あなた方の身の回りにある、本であろうと、靴であろうと、砂の一粒にさえ、必ず中心が存在し、そしてその中心に神が働き、そして中心を通して繋がる一つなる存在であるところが、あなた方には理解できるでしょうか?そしてそのすべてが、同一なるエネルギーで満たされている、同一なる命であるのです。あなた方、一人一人の人間には、意識とよばれているものが存在し、それによって思索し、また自己の世界というものを表現しています。では、意識とは人間にしか存在しないのでしょうか?答えはNOです。この大宇宙に存在するすべてが、意識というものも内在しています。ただ、意識の現れに相違があるのです。それぞれが、それぞれに関わりあいながら、この世界を表しているのです。つまり、意識すらも、分離していないのです。一つなる意識から派生しているのです。

 

 


 あなた方は、自分の意識を変えることが、とても難しいと思いがちなのですが、実は、意識というものですら、自己の意識という枠組みを取り払うことができれば、シフトするのは簡単なことなのです。つまり、高い意識に視点を合わすことにより、その高い意識を自分とすることが可能であるのです。同様に、低い意識も、苦しみ、憎しみ、怒り、ねたみ、こういったものに焦点を合わせている限り、そういった意識に自分が固定されてしまうということが言えます。

 

 


 では、高い意識とは、いったいどこに存在するのでしょうか?それは、先ほどの説明を理解していただければ、おのずとおわかりになるかと思いますが、あなた方一人一人の中心に存在する真のあなた自身、真我とも、自己の本質ともいろいろな名称でよばれている神なるあなた自身です。つまりあなた方は、本当は自在な、神そのものを宿しているのです。あなた方が、無意識にしろ、意識的にしろ、普段合わせている焦点によって、あなた方は、本当に違った自分というものを一瞬一瞬創りあげているのです。つまり、そこの部分をしっかり理解できれば、次の瞬間に、まったく違う自己を創り出すことも可能なのです。あなた方が、普段の生活の中で、いかに意識的に生きるか、今の自分の状態、意識というものに、しっかり向き合い、自分を見つめ、自分の意識する先を、意識的に変えていく作業を繰り返すことにより、まったく違う自己を創り出し、あなた方の望む未来、あなた方の真になりたい自分というものに近づいていくことが可能であるか理解いただけると思います。

 

 


 誰もが、悪人であり、善人であり、キリストであり、仏陀、である自己を選択できるのです。そして日々、実際自分で選択した自己になっているのです。何を自己が選ぶか、何に視点を向ける、焦点を合わせるかによって、あなた方の日常とよばれているものすべてが、そしてあなた方自身が、いかようにでも変化させることが可能なことをしっかり理解していただきたいと思います。

 

 


 あなた方は、どういった自己を選択したいのでしょうか?どういった未来を選択したいのでしょうか?そのためには何をすべきなのでしょうか?一人一人が真剣に考えていただきたいと思います。