旅から戻って調べてみたところ、インシャアッラーの根底にある考え方を知った。
こちらのサイトにとてもわかりやすく説明されていました。(以下抜粋)
つまり、彼は確かに約束した。だから誠心誠意それを果たそうと思う。しかしどう頑張ってみても人間は絶対ではない。もしかしたらその待ち合わせ場所が火事で燃えてしまうかもしれないし、行く前に自分が交通事故にあってしまうかもしれない。そういうことを考えれば、自分は「絶対に行く」とはけっして言えない。言えるのはただ、われわれのように相対的ではない、絶対の神アッラーがもしそうお望みになるなら(イン・シャー・アッラー)行くつもりです、ということだけだ。
さらに、日本文化で似たような表現として「人事を尽くして天命を待つ」
があると書かれていて、なるほど!と。
わたしはムスリムではないから「神=アッラー」と信じているわけではない。
かといって、仏教や神道を熱心に信仰しているかというと、そうでもない。
でも、自分にはコントロールできない、宇宙をとりまく大いなる存在みたいなものは、あるんじゃないかと思っている。
わたしにとって、「神」にあたる存在は、自然や宇宙そのもの。
(今後変わるかもしれないけれど、いまのところ)
だから
自然の流れ、宇宙の流れに導かれるままに
ということが、わたしにとってのインシャアッラーなのかもしれない。
明日のことも、一寸先のことも
わたしたち人間には、わからない。
コントロールできない。
実際のところ、一番身近な自分という存在でさえ、わからないことはたくさんある。
現にわたしは、この旅で自分でもまったく想定外の決断や行動をとった。
こうしたひとり旅は何度もしているけれど
一度離れた街にトンボ帰りするなんて、はじめての体験だった。
まるで何かに導かれるように、、、
なんて言うと、それっぽく聞こえるけれど
でも、自分の頭で考えて出した答えではない、という感覚だった。
理屈ではなく
見えない何かが、言葉以外のものを使って魂に訴えかけてきているように感じて
その流れに、素直に従ってみることにした。
そうした結果、この旅で一番行きたいと思っていた場所に行く余裕はなくなってしまった。
それでも、自分の判断にまったく後悔していないし
なるべくしてそうなった、という気がする。
人生ほんとうに、何が起こるかわからない。
自分にできることをすべてやったら、
自然の流れにどーーん!と身を委ねる。
彼らの幸せな生き方の真髄に、少しだけ触れた気がした。


