【カキ、再生へ】(1)40年前の「恩返し」ルイ・ヴィトンが支援の手


 宮城県気仙沼市の湾で牡蠣・帆立養殖業に従事する傍ら、「森は海の恋人」をスローガンに漁師の植樹活動を先導してきた
畠山重篤さん(67)。
豊かな漁場を守るためには、まず山と川を自然に近い状態に戻さなければならない-。
その取り組みと信念を、数多くの著作に綴(つづ)ってきたエッセイストでもある。

 東日本大震災の大津波により、父から受け継いだ養殖施設は全壊。

牡蠣を育てるための筏(いかだ)はすべて沖へ流されてしまった。

 あれから半年あまり。

リアス式の静かな湾ではいま、真新しい筏が浮かび、その下で小さな牡蠣がすくすく育っている。

 震災後、畠山さんらのもとに、意外なところから支援の手が差し伸べられた。
 
フランスの高級ブランド、ルイ・ヴィトン。

同社は三陸の惨状を知ると、あるエピソードを思い出したという。
40数年前、フランス名産のブルターニュの牡蠣がウイルス性の病気で壊滅状態に陥ったとき、宮城県産の種牡蠣によって救われた経緯があったのだ。
「今度はフランスが助ける番」と話すのは、今年還暦を迎えるルイ・ヴィトン家5代目当主、パトリック・ルイ・ヴィトンさん。
畠山さんとともに、牡蠣再生にかける思いを語ってもらった。(SANKEI EXPRESS・黒沢綾子)

 --ブルターニュ産の牡蠣(かき)が宮城種とは知りませんでした


パトリック・ルイ・ヴィトン氏(以下P) ヴィトン家は皆、牡蠣が大好きなので当然知っていましたよ。私も常時、牡蠣を開けるナイフを携帯しているくらいです。


 --大震災で宮城の牡蠣養殖は甚大な被害を受けました


P 今回の惨事には心を痛めています。ルイ・ヴィトンと日本の絆(きずな)は非常に強いものがありますので、日本の皆様が立ち上がるお手伝いができないかといろいろ考えました。結果的に、畠山さんを通じて三陸地方の養殖業・水産業の復興、および「森は海の恋人運動」を支援することになり光栄です。


畠山重篤氏(以下、畠) 大津波から1カ月ほど経ったころ、ルイ・ヴィトン社から支援をお話をいただいたとき、一瞬「なぜ?」と思いました。でも思い返せば、牡蠣を通してわれわれはフランスと浅からぬ縁があります。宮城の種牡蠣がその昔、フランスの漁民と食文化を救った。日本人には世話をかけた相手にお返しをする義理人情がありますが、「それは世界共通なんだ」と思いましたね。


 --畠山さんは今年6月に仕事で渡仏した際、ルイ・ヴィトンの工房があるパリ郊外アニエールにパトリックさんを訪ねたとか


P すぐに意気投合しましたよ。会って5分後にはじゃれ合いそうなくらい(笑)


畠 私も親類に会ったような感じでした。


P 好奇心のまま、彼に養殖技術などについて教わりました。そして思ったのは、自然の真価を知り、自然に敬意を払い、自然の恵みで仕事をしている男同士、通じ合うものがあるな、と。彼は牡蠣の養殖、私はトランク製造と分野は違いますが、世代から世代へ技を継承する役割を担っている点でも共通しています。


畠 工房で見せてもらいましたが、ルイ・ヴィトンのトランクの“骨格”は主に地元フランスのポプラの木を使っているんですよ。


P そうなんです。創業者ルイ・ヴィトン(1821~92年)はスイス国境に近いジュラ山脈の出身。わが家族は伝統的に木を使って働いてきました。


 --畠山さんは20年以上、漁民の立場から、気仙沼湾に注ぐ大川上流の室根山(一関市)で広葉樹を植える活動をしてこられた。そもそもこの「森は海の恋人運動」は1986年、畠山さんがフランスを視察したことがきっかけだそうですが


畠 25年前に見たブルターニュ地方のロワール川河口の海は、それはもう豊かでした。牡蠣や名物のオマール海老(えび)はもちろん、ウナギの稚魚まで獲れるというんです。つくづく川がいいんだなと思いました。しかも上流にいい森があるんです。


 <故郷・気仙沼の海は当時、手入れのされない杉山や農薬などの使いすぎ、工場や家庭排水などで汚染され、生き物の姿が消えていった。牡蠣も赤潮プランクトンで身が真っ赤になるなど深刻な被害を受けた>


P 残念ながらロワール川も汚染が進んでいますが、周辺の小さな川では今も、おいしい牡蠣を食すことができますよ。


畠 フランス人は「環境を守れ」と声高に言わなくても、「食欲」から自然環境を守ろうとする。彼らはジビエ(野生の鳥獣)料理が大好き。ジビエが育つには、餌の豊富な森じゃないといけない。おいしい牡蠣を食べるためには、汽水域に植物性プランクトンが豊富な海でなければならない。


 --なるほど。そのためには森と海をつなぐ川が大切なんですね


畠 大川は既にだいぶ豊かさを取り戻しましたが、今後、ルイ・ヴィトンの支援でよりきれいにして、再生のモデルケースにしたいと考えています。


 --再び宮城の牡蠣を味わえるのはいつごろですか


畠 宮城種の産地、万石浦(石巻市)で昨夏採った種牡蠣が奇跡的に残っていた。それから牡蠣は夏に産卵しますので、新しい種牡蠣もある。だから山で木を切って筏を作り、それに種苗(牡蠣の種が付着した帆立貝の殻をロープにつないだもの)を下げて育てています。小さなものなら来年の春に食べられますが…まあ、再来年の春でしょうね。だから、パトリックさんと約束したんです。再来年の春にはわが家に招待し、牡蠣をごちそうする、と。


P 楽しみにしています。(愛用の)ナイフ持参でうかがいますよ!
 




以上、記事全文





ヴィトン家が牡蠣好きとは知らんかったw

牡蠣が取り持つ日仏が今後も良い関係であれば言うことなしではないか。
畠山さんGJ♪