思わず行動に出てしまうことが常態化する
行動を起こす源になるものは何でしょうか。
行動は起こしたいと思って起こすものもあれば、思わず起こしてしまうものもあるでしょう。
これらの行動は状態としてのI,Y(つまり自分方向と貢献方向)、特徴としてのI,Yが関係してきます。
行動は感情がもとになっています。
状態としてどの状態であったとしても、感情が大きく影響したときに行動まで起こってしまいます。
感情を理性で抑えることもありますし、理性で考えた上で起こす理性的な行動もあります。
理性的な行動は考えて行動しているようですが、その元になっている理性は、人によって違います。
もちろん、人類共通的なものもあるでしょうが、多くは自分もしくは他人によって植え付けられたものです。
その植えつけられたものが、感情の源になっています。
植えつけられたものは状態として感情が出る限界値と特徴を生み出しています。
つまり、どのくらいの程度で感情となるのかと何に対して感情を感じやすいのかが決まってくるということです。
ここで、思わず感じてしまう感情と行動の短期・長期の観点を考えてみたいと思います。
思わず感じてしまう感情は、感情の状態により種類が違います。
自分の身に危険を感じるようなことがあれば、極端に自分を守るような感情が湧いてくるでしょう。
そして、それは肉体的なことばかりでなく、精神的なことに対してもあります。
精神的に安心するようなことを思わず求めてしまうことがあります。
それによってちょっとしたこころの安定状態が得られます。
また、明らかに人に迷惑を掛けるようなことであっても、自分としては習慣的に欲してしまうことがあります。
そのような行為は、やはり自分方向に一時の欲求を満たすものであって、本来常にやり続けるようなものではありません。
しかし、同じことを繰り返してしまう人がいます。
ちょっとしたルール違反みたいなことは、誰でもやっていることでしょう。
嗜好品によって得られるちょっとした充足感のようなものは緊張した状態からの開放をたまに行い、気分転換するような場合にはいいのですが、常習化してしまうこともあります。
これらのちょっとした欲求を満たす行為を生み出す感情は、基本は一時のものです。
しかし、一時であるからこそ強いというものもあります。
強いからこそ、一瞬で終わってしまったとしても、また求めてしまいます。
それは、自分がやりたいことだったから、と思ってしまうのではないでしょうか。
しかし、人を動かす力として強いといっても、貢献方向の力には叶いません。
ではなぜ多くの人が、一時の欲求を常態化してしまうことの方がおおいのでしょうか。
人に感謝し、また自分も感謝されるようなことを続けられるというのは本当にいい状態といえるでしょう。
しかし、自分を脅かすものは常に現れ、いい状態を一瞬にして崩してしまいます。
多くの人は、崩れた状態から普通の状態には戻っても、そこからさらに上の状態になるには時間がかかってしまいます。
ところが、常に成長や貢献の状態にい続けようとする習慣がある人は戻るのも早いです。
そして大いなる力の恩恵を受けています。
行動を起こす源は自分方向であっても貢献方向であっても強い力となりますが、全く違ったものであることを知っていると、また心がけが違ってくるかもしれません。
それでは、このへんで。