5%! 見放されたら
こんにちは。
ベンテツです。
タイトルに見放された、とありますが、この点について、
今日はお話したいと思います。
主任になれないのは結果的な話であって、
そうなったから見放されたのではありません。
それ以前より見放されていると自分では思っていました。
では、見放されていない人はどういう人と考えていたのでしょう。
例えば、
選抜で研修に行かせるようなときがあった時、選ばれる。
重要な仕事を任される。
プロジェクトメンバに選任される。
自己啓発の機会を与えられる。
いろいろなことでお膳立てされている。
といったものでしょうか。
これはあくまでも当時私が思っていたことであって、様々な意見はあると思います。
簡単に言うと特別扱いされている、といったところなのでしょうか。
そういうことは、当時特別扱いされたことが無い、すなわち見放されている、
と考えていたのでしょう。
それと、
そのような特別扱いを受けている人たちに嫉妬していました。
そして、その人たちおよびそのような扱いをする管理層を嫌っていました。
後から考えると、他の人は特別扱いされていたかどうかは、実際のところ
わかりません。
本人もそう思ってモチベーションをあげていなければ、例え特別扱いを
受けていても何の効果もないということになります。
後から思うと、自分から見れば特別扱いなのに、本人は別なことで、
思い悩んでいたりしていたことを知りました。
そして、その後恵まれない処遇になっていった人も中にはいます。
一方で、見放されていた私は、タイトルのとおりです。
今、見放されていると思っている人って結構いるんじゃないかと思います。
同じ会社の中じゃなくても、他の会社ではあんなことが起きている、
って思って、自分はダメだ、ついてないなんていっている人もいるのではないか
と思います。
思うに、
見放されているって思うこと自身、救われない道への第一歩でなのでしょう。
いつしか、見放されているという悔しさをバネにやっているのではないかと
自分のことを考えていたこともありましたが、
悔しさからの脱出では、やっぱり救われません。
自分なりに自分の目指す道をいくだけ、そんな気がするのですが。
それではこのへんで。またっーーーーーー。。