タッキー&翼デビュー10周年ジャニーさんの想像図は「マッチとトシちゃん」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2130746&media_id=115

滝沢歌舞伎の座長、滝沢秀明とフラメンコ舞踊家の今井翼が組むタッキー&翼が
生誕十周年を迎えた吉報に喜ぶ僕は、「エロP」山下智久の楽曲ならカラオケにて
十五曲は大熱唱できる身であり、歌舞伎とジャニーズは哀痛鶴(相通ずる)と思う。

もとは若衆歌舞伎といい、見目麗しい若い男が謡い踊る事を始祖とした歌舞伎と
イケ目な若い男が歌い踊る事を起点に映像⇒舞台へと幅を拡げるジャニーズは、
偏性癖もつやもの女帝・歌右衛門と帝王・喜多右衛門を頂点とする下部組織を
形態に、程度は違えど贔屓衆を沸きに沸かすエンタテインメントだと、言えよう。

亡き父の盟友であり自身に目をかけて下さる劇団頭領の尾上菊五郎丈に対して
「菊五郎のおにいさん」と、間違っても「おじさん」呼ばわりはしない尾上松緑丈の
佇まいと、年下から慕われても「木村くん」と「くん呼ばわり」を温かく受け入れる
木村拓哉の佇まいは両者とも実に微笑ましく、ともに「圧倒的な徒党」と、言える。

その中でタッキー&翼の座す位置は、僕はよく判らぬが(じゃ書くなよ)、敢えて
言うならジャニー喜多右衛門社長が志すエンタテインメントを徹底的に具現化
する一座だと思う。歌舞伎で言うなら三代目市川猿之助丈の「猿之助歌舞伎」だ。

本水を多量に使い舞台上に滝壺を出現させた立ち回りが滝沢秀明「タッキー」で、
ヤマトタケルが昇天する時、緩やかに羽ばたかす翼が今井翼「ツバサ」の、歌舞伎☆
http://www.youtube.com/watch?v=LLclV3hHhAg

【ミクシィ報道は以下の通り】
デビュー10周年となる9/11にニューアルバム『TEN』をリリースするタッキー&翼。さらに9/8~9には、CDデビューの地である東京ドームでの記念ライヴも発表されるなど、10周年を彩るイベントが盛りだくさんな彼らに、この10年間やお互いについてなどたっぷりと語ってもらった。

■デビューは“大人の世界”!
 ケンカと助け合いの10周年

――10年前、二十歳でアルバム『Hata chi』でCDデビューし、今年で10周年を迎えました。まずは、その感想からお願いします。
今井 こういう節目を迎えられて、うれしく思います。さらに先を見据えて、ファンの方が楽しめるグループとして、自分たちの納得いくものを世に発信できる存在でありたいなと。
滝沢 内容の濃い10年だったし、また20代では経験できないことをたくさんやらせてもらいましたね。僕ら、ある程度のことはジュニア時代にやらせてもらってたから、CDデビュー自体への新鮮味は、もしかしたらなかったのかもしれない。ただ、ついに大人の世界に入り込んだというか、プレッシャーはすごく感じてましたね。
今井 いろんな意味で、時間ってウソをつかないんですよね。コツコツとやっていれば、必ず習得したものが日の目を見るようになる。苦しいときは時間が長く感じるんだけど、それ以上に、考えて悩み続けた先に見えるものは、ものすごく光輝いている。これまでも、いろんな時間があっての今だし、僕らにとっての財産なんですよね。これを糧として、無限の可能性で物事を進められたらと思います。

――デビューしてから変わったなと思う部分は?
滝沢 根っこは変わってないと思うな。お互いに。

――そういえばおふたりとも、うろたえたりパニックになったりっていう印象が、デビュー当時からなかったですね。
滝沢 ジャニーズ事務所にいる人たちは、自然とそうなっていくんです(笑)。いろいろと鍛えられるので。無茶振りと思えることにも対応できないと、残れませんからね。
今井 そこで気遣われるほうが、恥ずかしい。
滝沢 そうそう(笑)。

――“これ、できる? 大丈夫?”という風に?
今井 それもそうだし、気遣われて言われないことのほうがね。求められてこその、この世界だと思うし。

――特に滝沢くんは、いつも冷静なイメージが。
今井 まぁ、逆に冷静じゃないと、人をまとめることってできないからね。リーダーシップって、そういうところだと思うんです。自分自身の見せ方もそうだし、まわりの活かし方、先輩として後輩が困っているときにサッと手を差し伸べるとか、そういうのって、冷静に物事を見てないとできないだろうから。

――だから、予期せぬ事態にも冷静に対応できるようになると。以前、舞台とアルバム制作が重なったりして「正直、何で今なのか……(笑)」。なんてインタビューで言ってたこともありましたが、そういうことは、この10年で何度もあった?
今井 そうですね。そして、まさに今がその状態です(笑)。まぁでも、連日お客さんの前に立ちながら、リアルタイムでステージと客席との呼吸を感じながらのレコーディングは、大変だけれども、いいタイミングだとも思ってます。
滝沢 どっちも現在進行形で(笑)。

――ちなみに、今まででいちばんハードだった時期というのは?
滝沢 俺は、デビューアルバムのときかな。一番最初が一番大変だった。時間もなかったし、はじめてのことだから、どう進行していくのか、わからなかったし。
今井 慣れないことだったしね。でも、それ以上に感動することも多かったな。だから、辛かったこととかは、あまり具体的に思い出せない。

――感動で上書きされていってると。この10年で、ふたりの関係性で変わったこと、そして改めて、大事だと感じたことは?
滝沢 まぁ、人間ですからね。ときにはケンカもし、ときにはお互い助け合ったりと、普通の人間として、いろんなことがありました。だからこその今なんだけど。逆に、いろいろないとダメなのかなって思います。仲を深めるという意味では。
今井 大事なのは、ここいちばんというところで他人を入れないことですね。一番大事なときは、ちゃんと自分から言葉で伝えないと。誰かに間に入ってもらうと、どんどん距離が遠くなってしまう。そこで意志の疎通があれば、自分たちふたりに任せてもらえるようになるし、より深まってくると思う。

――改めて、ふたりだからこそできたことというのは?
滝沢 お互いのソロ活動にしても、タッキー&翼という存在があるからこそなんですよね。だから、僕らを一言でまとめると、やっぱり“タッキー&翼”ってことになる(笑)。ふたりのことも、個人のことも入っているっていうね。
今井 もちろん、ふたりありきということが大前提なんだけど、その上で、ひとりひとりの世界にも重点を置くっていうのも、最初に言われたことなんですよ、ジャニーさんから。「マッチとトシちゃんみたいになりなさい、そういう形を作っていきなさい」と言われていたので、グループなんだけど、ふたりとも違っていていいっていうのが、うまく僕たちにフィットしてるのかなと。


Profile
たっきー・あんど・つばさ。滝沢秀明、今井 翼による2人組ユニット。02年9月にアルバム『Hatachi』でCDデビュー。9/8(土)、9/9(日)に東京ドームにて『タッキー&翼10周年in 東京ドーム』を開催。また、9/11には10周年記念アルバム『TEN』が発売される。

当インタビューはエンタテインメント情報誌『オリ★スタ』9/3号(8/24発売)に掲載。誌面ではさらにインタビュー、写真などたっぷり紹介していますのでお見逃しなく!

9.11NY同時多発テロから11年と目を細め当夜の記憶を辿ると、TV画面に昇る
ビル崩壊の白煙と、前面に立ち昇る焼肉の黒煙がクロスする画が思い浮かぶ。
両腕をクロスする僕め・桜丸と、ニンとはコノ事の梅王丸と、実話だが杉王丸と
結婚した松王丸が、名古屋場末の焼肉屋で「菅原伝授手習鑑・肉曳」をしていた。

解説する2002年9月11日夜、僕はスーパー一座歌舞伎研修でご一緒した男優
ふたりと、焼肉店で肉を焼く黒煙と、画面のテロの白煙が交差するのを、観てた。

テロという惨劇への考えに正解など無い。だが、あえて書きテロ集団に告ぐなら、
徒党を組むなら「破壊」する悪党にならず、「松王丸・梅王丸・桜丸」の僕ら郎党の
様に、稚拙ではあるが歌舞伎演劇を「創造」したという、「建設的」な行為をすべし。

三月の農村劇場芝居を記念に、四月に結婚した松王丸&杉王丸夫婦は元気か。
桜丸の僕は、久しぶりに梅王丸のアニキに、こづかれて気合を入れたいものだ☆
こんな感じhttp://www.youtube.com/watch?v=x_Im_Aup_rA
市川染五郎が右手首複雑骨折の可能性 復帰後演技心配の声
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2146858&media_id=125

「橘市郎」という方が歌舞伎舞台のプロデューサーとあるのは実にキナ臭いが
「京都造形芸術大学教授」とあるので、同学の春秋座で行われた「亀治郎の会」の
手伝いなどされたのだろうと察する。セリにライトを当てないのは当然かと
思うが、セリ付近に蛍光テープ貼ったり、セリ内側に小さく点灯させるなど
対処はあると思うので、「経験則で距離を測るしかない」とは、如何なものか。

続く「馬鹿舞伎・無関係者」は歌舞伎の世界から去るべし。歌舞伎を盛り上げる
のが「歌舞伎関係者」の使命だ。右手首骨折の怪我から復帰したら、右指の緻密
な所作を必要としない、体の方々を駆使した踊りや、大らかな時代物の芝居に
新境地を拓き、「元通り以上の演技ができる」歌舞伎役者が、市川染五郎丈である。

中村福助丈の奈落転落報道が今さらに出るのが、彼特有の愛嬌だと僕は思う☆
中村福助、亡き父を偲ぶ『娘道成寺』で「教わったことを大切に」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2146581&media_id=96

中村福助丈は、その素顔からも判る様に、可愛らしく愛嬌がある歌舞伎女形と
して僕は大好きだ。「娘道成寺」の根底に「娘」の流れが有る事は成駒屋の根本に
既に在るし、天の大成駒も然り。「品格を大事にすること」は福助丈の課題かと
思いもするが、座頭・吉右衛門の目が光るなか、高めていくことだろう。昨年の
又五郎襲名で一日だけだが登壇して下さった大成駒への感謝は十二分に現れ、
「七世中村芝翫を偲んで」と銘打っての打ち出し舞踊となり、播磨屋の心意気に
感じ入るほかは無い。「父を偲ぶ」福助丈の思いが凝縮された舞台になるだろう☆
染五郎、治療長期化…10月、11月も休演
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2142181&media_id=42

市川染五郎丈の治癒回復祈念に専念する僕は、歌舞伎舞台復帰は大阪松竹座
一月・初春大歌舞伎にすべきと念を押しておこう。2013年1月8日の自身の40歳
誕生日は歌舞伎の板の上に刻まず、病床や家に刻印してしまっては、充実した
40代を送れないと、43歳の僕が更なる念を押そう。固定され廻らない首が廻る
具合になったら、十月に演舞場で源義経二連投を廻す大先輩・坂田藤十郎丈に
土下座し、「代役ありがとうございます。初春の大阪で何でも演ります。どうか
私を使って下さい」と懇願すべきだ。大阪の舞台でご贔屓に「愛嬌」をば鍛えて
もらうべきだ。東京の自宅近くでヌクヌクせず、上方に散じて武者修行すべきだ。

NHKテレビ正月二日の歌舞伎舞台中継「こいつぁ春から」で、三日前の大晦日に
誕生日を迎えた坂田藤十郎丈が新年インタビューで「ワテが幾つになったか
分かりゃしまへんわ、ワッハッハ」と毎年に大笑いされるのを微笑ましく眺めて
「あぁ正月がやってきた」と毎年に僕は和んでいる。怪我復帰からの門出には
藤十郎丈の明るさが必要と思うので、染五郎丈は大阪から復帰すべきと念押し。



…と、筆が乗ってきた処に暗雲が挿した。しまった大阪松竹座初春歌舞伎は

亀治郎の襲名興行じゃん、何てことだ~、馬鹿亀が邪魔しくさって~と無念。


亀治郎は、市川猿之助丈が大阪松竹座で二月に中村芝翫丈を招いて
大車輪で沸かした佇まいを全く理解していない。二月に演れ二月に!大阪の
正月は坂田藤十郎丈が沸かす!二月大阪で三月御園座でいいじゃないか。


亀治郎のせいで、とっちらかった文章の軌道修正だが、市川染五郎丈の代役は
11月国立劇場の通し狂言「浮世柄比翼稲妻は、「名古屋山三」に中村錦之助丈が、
「白井権八」に市川高麗蔵丈が替わるという、おそらくは一座に予定されてた
面々での「替り廻し」だろう。抜擢感も感じる錦之助丈の「名古屋山三」は魅力的。


手短にいうと、代役をきっかけに歌舞伎のドリームチームを考えるのは、楽しい☆