休止しても「嵐」の皆50歳こえて
「五十嵐」として戻ればええで!
い が ら し
松本人志さんの言葉に僕は感動した。「嵐」の音楽に、僕は感動したことは無いのだが。
アイドルとしての存在の創り方、その姿勢を、松本さんは的確に言い表したと思うのだ。
若い頃の「時分の花」を、年齢を重ねて熟してもなお、心の奥底に輝かせることができる。
それがアイドル、嵐は、そうなる。
松本人志氏は実感で、告げた。
僕はブログで書いたが、飲食の現場に居た時にスイーツで「ブリュレ」を出す事となり、
「ブリュレ」を知るためにWeb検索した先が「Youtube」だったため、甘味自体より先に、
関ジャニ∞「ブリュレ」にハマった
アイドル歌唱を身に着けたぜ!
こんな僕だが、これもブログで書いたが、平成最後に聴いた曲は、テレビで観かけた
https://www.youtube.com/watch?v=y8v63-S6HS0
今夏の、49歳最後の課題曲にして、五十嵐を迎え撃つ。今SONGS録画観ている。
放送終了時間の6月29日23時30分から、4時間35分後に、同じNHKでラジオでだが、
ラジオ深夜便「あすへの言葉」
映画監督 五十嵐匠 氏 出演
https://ninomiyakinjirou.com/ ニ ノ
SONGSをテレビの前で正座して観た嵐ファンで、この「嵐⇒五十嵐」に気付いた人は無い。
この奇跡に気付く者は世界中どこを探しても外郎童しかいない。奴は、そういう事にする輩だ
あらしには、教えなければ
ならない事がたくさんある
十代目坂東三津五郎襲名の2001年10月御園座吉例顔見世公演、大和屋のトークショウで
外郎童襲名前の僕は、坂東三津五郎丈に対して「質疑応答」で、意を決質問を投げ掛けた。
「紀尾井町三代の話をして!」
大和屋の、めでたい襲名で、二世尾上松緑丈・初世尾上辰之助丈・二代目尾上辰之助丈に
ついて話すは行儀が悪く意味不明に思われようが、僕は初世辰之助丈をよく知らぬ段階で、
十代目坂東三津五郎丈が「最も雰囲気や持ち味が(辰之助丈に)近い役者」だと感じたから。
すると大和屋は一瞬、不思議そうな顔をしたと僕は思ったが、持ち前のサービス精神で
紀尾井町のおじさんは、いぶし銀の魅力で…
亨にいさんは、こわモテだけど茶目っ気あり…
…と、 生前を思い出しながら、にこやかなお顔で話してくださった。ところが表情を変えて
あらしには、教えなければ
ならない事がたくさんある
四代目尾上松緑丈の本名は「藤間あらし」。親しい後輩を「あらし」と呼び、歌舞伎の伝承を、
先輩から受け継いだ芸を、惜しみなく、されど厳しく後進に伝える思い。その心情を3文字
「A・RA・SHI」に込めた
口を「一文字」に結んで
い ち も ん じ
三津五郎丈で無い外国人の一文字 一文字に口を結ぶは、三人A・RA・SHI
四代目尾上松緑丈は、偉大な先輩の十代目襲名の翌年、祖父からの大名跡を襲名した。
ご本人にとっても、年若く、早くの襲名だと思ったのではないか?襲名とは、どう創るのか?
やっと本題に入るか、外郎童?
いま現在の歌舞伎の襲名について論ずるは面倒臭い。妻を起こす時間が迫り、はしょる
活躍中の歌舞伎役者の、次に名跡を継ぐは誰か?に言及するはタブーやもだが、する!
① 吉右衛門は中村歌昇が継ぐ
二代目中村吉右衛門丈は、実子の男息子がなく、「吉右衛門」の名跡は誰が継ぐのか?と
誰もが気にする筈だが、メディアや雑誌等で触れられず。襲名の未来予想図はタブーか?
中村歌昇丈は、先代の歌昇である中村又五郎丈の長男。又五郎丈は若き歌昇時代から、
中村吉右衛門丈に寄り添って付き従った。「お兄さん、お兄さん」と、例えば、播磨屋が
TV時代劇「鬼平犯科帳」で火付盗賊改方で出演、与力として映像の世界を一緒に過ごす。
そしてもちろん、播磨屋が手掛ける歌舞伎に長く一座し続け、先般は所属した「家」の屋号
「萬屋」から、吉右衛門丈と添い遂げるがごとく屋号「播磨屋」に、兄・歌六丈と共に変えた。
それより前に、播磨屋にとって大切な名跡「又五郎」を襲名。つまり吉右衛門ひとすじ男だ。
そんな大好きな播磨屋の「吉右衛門」の名跡を、自分の長男が、養子に出して、襲名する。
こんな嬉しいことは無いのではないか?「又五郎」の名前は、次男・種之助が控えている。
僕は、又五郎丈が播磨屋を慕う心が、好きだ
こう書いている時点で、すでに涙が滲んでる
吉右衛門のおじさまの教えは一生の財産です
中村歌昇丈は、非常に熱心な歌舞伎役者である。先日に中村吉右衛門丈のドキュメントを
テレビで観たが、浅草花形歌舞伎で「引窓」を出す際、十次兵衛を勤める後輩、歌昇丈に
書き物で怒るんじゃない!
時代で怒るんだ!
真逆の表情で台詞の指導をした
歌昇丈は喰い入る顔で吸収した
歌昇丈は中村隼人丈のラジオ番組「邦楽ジョッキー」(現・尾上右近カブキチューン)に出て
そんな意識じゃ、食えないよ
と、隼人丈の歌舞伎についての認識に容赦なくダメを出した。歌昇丈はストイックな男だ。
三代目中村吉右衛門の名跡は、
四代目中村歌昇丈が襲名する
いかん、嵐に時間を割き過ぎ、妻を起こす時間が迫る。しかし筆は置かず、はしょって書く!
② 玉三郎は中村七之助が継ぐ
哲明さん、隆行君を私にください
目をかけた後輩、中村七之助を
盟友・中村勘三郎から引き受け、
玉三郎を襲名、自身は養父の名
守田勘弥を襲名。家を違えての
「勘」の字が、二家で綿々と続く。
カン カン
勘勘の大名跡は、新之助襲名後
中村屋と喜の字屋に譲ります!
そしてここからが本題だが、妻を起こすので時間が足りない。全力で、はしょるぜ!
③ 仁左衛門は愛之助丈が継ぐ
私、外郎童は、見届け号泣したい
六代目片岡愛之助丈は、五十路に入って程良い頃、叔父・十五代目片岡仁左衛門丈から、
「仁左衛門」の名跡を「預かる形」で襲名する。そして四半世紀、仁左衛門の名跡を大きくし、
甥であり、十五代目のお孫さんである片岡千之助丈に手渡す。その流れに、逆らわない!
十五代目の子息の片岡孝太郎丈は、父の本名から創作したと思われる名を生涯、名乗る。
「襲名にお金を掛けるより、創造に掛けたい」と、モダンな考えで歌舞伎修業をまっとうする。
十五代目の後の、松嶋屋の実際の総帥として歌舞伎隆盛に手腕を振るう。その流れもある。
こんなに大切な事を、こんなに簡単に乱文で書いてしまっていいのか?心が痛む。が、書く。
仁左衛門丈に首を刈られ、血の泪を流したい
盟三五大切と四谷怪談を夫婦に
妻を起こす時間だ。アデュー


















