目覚めると令和の治世、しかし治むるは明け方の今、誰か?
さきほど、ラジオで和楽器バンドの鈴華ゆう子さんが令和初となる
令和元年9月28日の茨城国体の開会式で、国家を斉唱する事が
決定したと報じていた。鈴華さん本人が「天皇陛下の前で歌う」と
言った。「新・」とも付けずに、だった。あぁ浩宮殿下が天皇に、なる。
いつも通りの面持ちで歌って欲しい。「令」和楽器バンドを引き連れて。
https://www.youtube.com/watch?v=K_xTet06SUo謙虚に義経付けず。
「次」の世に寄り添う「浩」宮殿下は、ある意味「浩次」で、僕の本名の
「浩司」と近しく、親近感が沸いてきて、自分のことの様に、緊張する。
僕が中学生のころ、ウッドベースを弾き歌う英国人歌手に、心を奪われた。
https://www.youtube.com/watch?v=OMOGaugKpzs 誰ぁれ~?警察だ!
当時、The Policeを率いたスティングである。卒業文集の壱ペイジに、将来の
夢としてイラストの体に生徒の顔写真を貼り付ける趣向があったが、僕は彼、
スティングだった。そんな彼から50歳を迎える「浩次」に、祝福が寄せられた。
加藤さん、スッキリしました!ありがとう!
「次」の世に寄り添う「浩」宮殿下を、はるか英国から祝福する、ひと幕だった。
雅子さまが、浩宮殿下との婚約内定会見で話されたことが印象に残っている。
「雅子さんのことは僕が一生、全力でお守りしますから」と話しかけてくださいました。
僕はいまだに、「守るとはどういうことだろう」と判らないでいるのだが、
浩宮殿下は「守る」お方なのだということだけは、判ったつもりでいる。
想像なのだが、雅子さまは、外務省で仕事をされ、いわゆるキャリアを重ねたお方で、
ご結婚にあたり、さまざまな風当たりのようなものが発生するのかしら、と思った。
そこを極めて自然な状況にもってゆき、こころあたたかく受け入れる状況を創ること。
それが、浩宮殿下が雅子さんに告げた、「守る」ということではないか、と感じたのだ。
その根底には何があるだろう。それは「寛容さ」ではないだろうか?
忍耐強く、温かな眼差しで相手を見守り、自然なかたちで受け入れること。
「寛」の字だ!
山元寛之という少年が、松嶋屋に入門し、片岡千代丸を名乗り、そして襲名。
つまり、片岡愛之助丈は「寛大」なのである!
いささか強引やもしれぬが、片岡愛之助丈は寛大だと日々、感じている。
彼のブログに突っ込む僕のコメントも、寛容に受け止めてくださっている。嬉しい!
「令和」はどんな時代になるか?
「レイ」と「輪」に表される、「輪っか」が大切になる時代だと思うのだ。
ハワイを訪れる方に掛けてさしあげる、いろとりどりの花で編んだ「レイ」の柔らかさ。
輪投げで「的」となるポールに、しっかりと届いて引っ掛かる「輪」の、硬き力強さ。
上方和事の柔らかみと、江戸歌舞伎の硬質な力強さ、その両輪をフル回転させる
レーサーのごとき、車マニアの様相をもみせる歌舞伎役者がどこぞに居るだろうか?
片岡愛之助丈が居る!
「令和」は愛之助の時代だ!




