市川染五郎、転落事故の背景に「複雑な親族事情が?」の声
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=2138313&media_id=125

染五郎丈の報道と入れ違いに届いた、歌舞伎会冊子「ほうおう」の巻頭記事は
叔父・中村吉右衛門丈の九月秀山祭への意気込みを伝えるもので、当然の如く
事故以前に語った内容だが甥・染五郎への期待も厚く、ゴシップ死の悪意充満
の愚報道への悪感情が一蹴された。吉右衛門丈の大きさ、優しさに、癒された。

昼の「寺子屋」を「播磨屋・高麗屋で大事な芝居」と両家を立てて前置きした上、
初代・吉右衛門の源蔵を「若さがあり松王丸と対等にぶつかる」役柄として、
甥っ子を抜擢してあげた若輩者としてでは無く、「遠慮なくぶつかります」と
イチ歌舞伎役者として認めている態度を見せている。初代の魂を受け継ごう
とする若い役者にどんどん門戸を開こうとする、一門を率いる頭領の格だ。

また自身が看板を張る「河内山」は、七月に染五郎が初役で勤めた際の指導を
引き受けた事を明かし、また自身が手本にする役者を実父・松本白鸚、つまり
高麗屋の型を踏襲すると踏まえ、「甥の手前、緩急自在な台詞術を見せねば」
と、指導しただけでなく自身の実演、背中を見て学び取って欲しい、と語る。

さらに夜の部で、一門で座を張るなら「奇しくも代役で登壇した」中村歌六丈
の力強さで配役されるに当然だっただろう「時今也桔梗旗揚」にて、これまた
自身の光秀に拮抗する相手役の小田春永を染五郎に振っている。これに際し
「染五郎には、史実にも残るような織田信長像を歌舞伎で演ってもらいたい。
高麗屋の突っ込んだ芝居を覚えてもらえたらと思う」と、期待を掛けている。

「歌舞伎で、史実にも残るような」と強調するのは、僕の推測だが、染五郎丈に
歌舞伎若手を引っ張る牽引役者として甥に期待する思いだと思う。「信長」と
言えば、某・海老★とかいう人が、「荒くれ暴君」のマンガチックな「信長像」を
新作なり新歌舞伎なり挙句は「馬盥」で演り散らしている暴挙を清算すべく、
「歌舞伎の織田信長を歌舞伎として市川染五郎に演ってもらいたい」のだろう。

振り返ると、中村吉右衛門丈は、播磨屋のみにあらず、生家・高麗屋にまで
思いを掛け、「ラ・マンチャの男」など我が道を行く実兄が背負う物を鑑み、
両家の歌舞伎を引っ張るのは自分で、その為には生家の甥の協力が必要と

歌舞伎全体を大きく背負っていこうとの気概を持っているのだと僕は思う☆

 【参考】NEWSポストセブンの愚報は以下の通り。


歌舞伎俳優の市川染五郎(39才)が8月27日、国立劇場で行われた父・松本幸四郎(70才)の古希を記念した舞踊公演の最中に、舞台のセリから3m下の奈落に落下。救急車で都内の病院に搬送された。右側頭部を打つ脳挫傷とみられ、意識はあるものの、体を動かすことができない状態だった。

 当日の染五郎は別件を終えてすぐに公演という慌ただしい一日だった。


「午後1時半ぐらいから公演直前まで、新橋演舞場の9月公演の稽古をしていたんです。この公演では菅原伝授手習鑑『寺子屋』の中の松王丸を演じる予定だったんですが…」(歌舞伎関係者)


 この松王丸役は、通例でいえば座頭格が演じる大役だ。


「誰もが叔父である中村吉右衛門さん(65才)が演じると思っていましたから、大抜擢でした。それだけに、染五郎さんは大変なプレッシャーを感じていたようです」(前出・歌舞伎関係者)


 大役を果たすために昼間は厳しい稽古、そして夜は別の公演だが、歌舞伎関係者からは、この“掛け持ち”に驚きの声が上がっている。


「あの稽古後に本番の舞台なんて信じられません。そんな無茶なスケジュールだったんですね」(別の歌舞伎関係者)


 しかし、染五郎には“掛け持ち”しなければならない理由があった…。吉右衛門には4人の娘がいるが、男の子はひとりもおらず、彼の役は染五郎が受け継がなくてはならないのだ。


「吉右衛門さんは、“自分の芸はすべて甥っ子である染五郎に伝授しよう”という覚悟で、松王丸も、自身が直接教えていました」(別の歌舞伎関係者)


 偉大な叔父からの稽古、嬉しくないわけはない。だが、染五郎の父はいわずと知れた幸四郎。しかも、稽古の後の公演は父の古希を祝う公演だけに、どちらも断るなんてことはできなかったのだろう。


「幸四郎さんと吉右衛門さんは、めったに一緒の舞台に立つことがないほど兄弟不仲といわれています。そんな複雑な事情も染五郎さんを悩ませていたんでしょうね」(前出・歌舞伎関係者)