三代目市川猿之助丈が名題昇進の際に襲名をとなった際、祖父の二代目猿之助丈
に希望の名跡として「坂田藤十郎」を挙げたら言われた「おまえ不遜です」の言葉を、
そっくりそのまま市川亀治郎にクレてやりたい思いでいる。この襲名興行に、だ。
雑誌「演劇界」の襲名取材記事で、ライターの清水まり女史に興行形式を問われて、
スーパー歌舞伎と古典歌舞伎の両方を同時に、しかも同日に昼夜に分けて「敢行」
することを「今回の場合、こうすることが最良の選択だったのですね?」の質問で、
記者氏からの問い掛けまでキッチリ書く「(本当に)最良なのですね?」の念押しに
「はい。」と、これまたキッパリ答えて、「猿之助という名前を継ぐのであれば、
古典とスーパー歌舞伎と、どちらか一方では、やはり不備だと思いました。」と、
…まったくもって思い上がったことを市川亀治郎は言った。原文ママに、書いた。
市川猿之助丈が、祖父の名跡まで背負い登壇するに到った「お体の調子の皮肉」
それがあるのに、「不備だ」という言葉を、人間として何故に出せるのだろうか?
亀治郎最後と便宜上になった四月花形歌舞伎で忠臣蔵の勘平を勤め、他の花形
例えば音羽屋と歩調を合わせる事をせず、わざわざ鴈治郎型で演ってのけてさ、
坂田藤十郎丈の心根を全く感受していないのが亀地雷(かめじらい)の破壊ぶり。
上方歌舞伎の隆盛に情熱を「一生青春」で燃やす坂田藤十郎丈に習ったならば
「江戸歌舞伎と上方歌舞伎と、その両輪が栄えてこそ、真の歌舞伎の繁栄です」
という藤十郎丈の思いを感じ取り、佇まいや言動に感受したことを反映させて
「古典歌舞伎とスーパー歌舞伎と、その両輪が栄えてこそ、真の澤瀉屋の繁栄」
と言うことができずに、市川猿之助丈を葬り去らんばかりの勢いで「不備だ」と
しゃあしゃあと吐く市川亀治郎を「やはり不遜だと思いました」と、僕は思う。
つまり、自分の「奇亀怪怪」な欲望のみを敢行し、歌舞伎の繁栄への視点が
残念ながらズレているのが、小ワザは効くやもしれぬ「市川亀治郎」なのだ。
「市川猿之助」の名跡を、松竹が「弱った猿之助丈」に判を押させ(…たと
僕は思う)た事情により、襲名することに便宜上、成ったのだから、当然に
古典歌舞伎とスーパー歌舞伎の両輪をフル回転させたいのは心情として解る。
しかし同月に昼夜にわけて、「わざわざ」両方を演ってしまうのが、間違いだ。
市川中車丈襲名も手伝い、大入り満員にさせたい松竹が「ニケ月」を与えた。
その温情に報いて、六月にスーパー歌舞伎、七月に古典歌舞伎を出すべきだ。
六月の歌舞伎地図が頭に思い描けていないのが市川亀治郎の「痴老ぶり」だ。
市川宗家の市川團十郎丈が、息子の不祥事を経ての出直し興行を名古屋にて
演っていて、容赦なき松竹が博多座で大一座に古典歌舞伎のフルコースをば
演らせている六月ゆえ、亀治郎は行儀よくスーパー歌舞伎のみで船出すべきだ!
そして落ち着いた七月に、宗家の協力を得て、古典歌舞伎の片輪走行をする。
昼に襲名口上も混ぜた見取り狂言で、宗家の一幕も備え、古典の腕を魅せる。
夜は澤瀉屋一門のみで通し狂言を敢行し、一門全員を背負う覚悟まで見せる。
歌舞伎の演り方は様々あれど、古典とスーパー歌舞伎の両輪を回すのならば、
二ケ月与えられてるのだから、頼むから「分けて演る」発想になれ、亀治郎。
大道具さんをはじめとする裏方や歌舞伎関係者はすべて、悲鳴を上げている。
「前例にとらわれず、人がやってないことをどんどんやっていきたい」等と
吐くが、やるべきで無い故に前例がなく、やってないことをやりたい性癖は
ただの迷惑千万な我儘でしかなく、梨園のボンボンって皆そうなの?と誤解
されてしまう。市川亀治郎とかいう、小ワザのみが効く亀人変人のせいで。
変人は方々でヘンな事をいう。若者向け無料誌「R25」での言動に閉口した。
「アラブの王様、僕に1億円ください!!」 見出しがコレだ。狂っている…
「あ! アラブの石油王がお金くれないかな。1兆円ぐらい(笑)。まず東北に寄付して、
残った1億円で芝居を作る。歌舞伎の新作って1本1億円あれば、十分作れるんです。
歌舞伎ってお金がかかるんですよ。(中略)…金額、ぜひ書いておいてください。
スポンサーが現れるかもしれないから。タイトルのところに大きく書いておいてください。
“アラブの王様、僕に1億円ください”って。びっくりマークつきで(笑)」
http://r25.yahoo.co.jp/interview/detail/?id=20111215-00022338-r25&page=3&order=12
巨大な利権がからみ戦争すら起きかねないアラブの石油が生み出す「お金」に、
「お亀」にまわす金銭はビタ一文として無い。一門でタダ働きする事から始めろ。
「まず東北に(9億円くらい)寄付して」などと、被災された方々を少しでも
気遣うなら、言えるはずが無い。心のどこを探しても、奴にそんな思いは無い。
市川猿之助丈は、1995年1月に阪神大震災が起きた際、歌舞伎の教鞭を取った
京都造形芸術大学で学生に稽古を付けるにあたり、姿勢を見せるべく翌2月の
大阪新歌舞伎座公演で、通し狂言「敵討天下茶屋聚」と「義経千本桜 四の切」を
一段と熱演した。その結果、被災した観客から「復興のための力を与えられた」
との手紙を受け取ったと、猿之助丈は著書で語っている。その一座に亀治郎は
いなかったのだろうか。もちろん歌舞伎を演じるにあたり、被災地復興に考えを
及ばす必要は無いけれど、猿之助丈に憧れるなら、その精神を見習うべきだ。
この時点で、今回の襲名興行に対する僕の考えの結論は出ている。亀治郎は
通し狂言「敵討天下茶屋聚」を演るべきだったのだ。同作を彼は琴平・金丸座と
浅草歌舞伎で手掛けている。舞台機構が十分には伴わない芝居小屋でせっかく
練り上げて、猿之助丈にとって意義深い演目があるのだから、何故に、折角に
松竹が上質な劇場・新橋演舞場を2ケ月間もあてがったのに、自分の歌舞伎
修行の成果を発揮しようと考えなかったのだろうか。それは奇亀怪怪極まりない
「古典とスーパー歌舞伎と、どちらか一方では、やはり不備だと思いました。」
…という、いびつな物の考え方が彼をそうさせたのだ。市川亀治郎は不遜です。
だらだら書くのも疲れてきた。僕が考える、亀治郎が敢行すべき襲名興行はこうだ。
六月大歌舞伎 新橋演舞場
昼の部「ヤマトタケル」
ヤマトタケル 猿之助
帝 段四郎
タケヒコ 中 車
夜の部「ヤマトタケル」
ヤマトタケル 亀治郎
帝 中 車
タケヒコ 右 近
七月大歌舞伎 新橋演舞場
昼の部
「小栗栖の長兵衛」中車
「口上」猿之助 猿翁
「黒塚」猿之助 團十郎
「四の切」猿之助 海老蔵(源義経)
夜の部
「「敵討天下茶屋聚」猿之助 澤瀉屋一門
に希望の名跡として「坂田藤十郎」を挙げたら言われた「おまえ不遜です」の言葉を、
そっくりそのまま市川亀治郎にクレてやりたい思いでいる。この襲名興行に、だ。
雑誌「演劇界」の襲名取材記事で、ライターの清水まり女史に興行形式を問われて、
スーパー歌舞伎と古典歌舞伎の両方を同時に、しかも同日に昼夜に分けて「敢行」
することを「今回の場合、こうすることが最良の選択だったのですね?」の質問で、
記者氏からの問い掛けまでキッチリ書く「(本当に)最良なのですね?」の念押しに
「はい。」と、これまたキッパリ答えて、「猿之助という名前を継ぐのであれば、
古典とスーパー歌舞伎と、どちらか一方では、やはり不備だと思いました。」と、
…まったくもって思い上がったことを市川亀治郎は言った。原文ママに、書いた。
市川猿之助丈が、祖父の名跡まで背負い登壇するに到った「お体の調子の皮肉」
それがあるのに、「不備だ」という言葉を、人間として何故に出せるのだろうか?
亀治郎最後と便宜上になった四月花形歌舞伎で忠臣蔵の勘平を勤め、他の花形
例えば音羽屋と歩調を合わせる事をせず、わざわざ鴈治郎型で演ってのけてさ、
坂田藤十郎丈の心根を全く感受していないのが亀地雷(かめじらい)の破壊ぶり。
上方歌舞伎の隆盛に情熱を「一生青春」で燃やす坂田藤十郎丈に習ったならば
「江戸歌舞伎と上方歌舞伎と、その両輪が栄えてこそ、真の歌舞伎の繁栄です」
という藤十郎丈の思いを感じ取り、佇まいや言動に感受したことを反映させて
「古典歌舞伎とスーパー歌舞伎と、その両輪が栄えてこそ、真の澤瀉屋の繁栄」
と言うことができずに、市川猿之助丈を葬り去らんばかりの勢いで「不備だ」と
しゃあしゃあと吐く市川亀治郎を「やはり不遜だと思いました」と、僕は思う。
つまり、自分の「奇亀怪怪」な欲望のみを敢行し、歌舞伎の繁栄への視点が
残念ながらズレているのが、小ワザは効くやもしれぬ「市川亀治郎」なのだ。
「市川猿之助」の名跡を、松竹が「弱った猿之助丈」に判を押させ(…たと
僕は思う)た事情により、襲名することに便宜上、成ったのだから、当然に
古典歌舞伎とスーパー歌舞伎の両輪をフル回転させたいのは心情として解る。
しかし同月に昼夜にわけて、「わざわざ」両方を演ってしまうのが、間違いだ。
市川中車丈襲名も手伝い、大入り満員にさせたい松竹が「ニケ月」を与えた。
その温情に報いて、六月にスーパー歌舞伎、七月に古典歌舞伎を出すべきだ。
六月の歌舞伎地図が頭に思い描けていないのが市川亀治郎の「痴老ぶり」だ。
市川宗家の市川團十郎丈が、息子の不祥事を経ての出直し興行を名古屋にて
演っていて、容赦なき松竹が博多座で大一座に古典歌舞伎のフルコースをば
演らせている六月ゆえ、亀治郎は行儀よくスーパー歌舞伎のみで船出すべきだ!
そして落ち着いた七月に、宗家の協力を得て、古典歌舞伎の片輪走行をする。
昼に襲名口上も混ぜた見取り狂言で、宗家の一幕も備え、古典の腕を魅せる。
夜は澤瀉屋一門のみで通し狂言を敢行し、一門全員を背負う覚悟まで見せる。
歌舞伎の演り方は様々あれど、古典とスーパー歌舞伎の両輪を回すのならば、
二ケ月与えられてるのだから、頼むから「分けて演る」発想になれ、亀治郎。
大道具さんをはじめとする裏方や歌舞伎関係者はすべて、悲鳴を上げている。
「前例にとらわれず、人がやってないことをどんどんやっていきたい」等と
吐くが、やるべきで無い故に前例がなく、やってないことをやりたい性癖は
ただの迷惑千万な我儘でしかなく、梨園のボンボンって皆そうなの?と誤解
されてしまう。市川亀治郎とかいう、小ワザのみが効く亀人変人のせいで。
変人は方々でヘンな事をいう。若者向け無料誌「R25」での言動に閉口した。
「アラブの王様、僕に1億円ください!!」 見出しがコレだ。狂っている…
「あ! アラブの石油王がお金くれないかな。1兆円ぐらい(笑)。まず東北に寄付して、
残った1億円で芝居を作る。歌舞伎の新作って1本1億円あれば、十分作れるんです。
歌舞伎ってお金がかかるんですよ。(中略)…金額、ぜひ書いておいてください。
スポンサーが現れるかもしれないから。タイトルのところに大きく書いておいてください。
“アラブの王様、僕に1億円ください”って。びっくりマークつきで(笑)」
http://
巨大な利権がからみ戦争すら起きかねないアラブの石油が生み出す「お金」に、
「お亀」にまわす金銭はビタ一文として無い。一門でタダ働きする事から始めろ。
「まず東北に(9億円くらい)寄付して」などと、被災された方々を少しでも
気遣うなら、言えるはずが無い。心のどこを探しても、奴にそんな思いは無い。
市川猿之助丈は、1995年1月に阪神大震災が起きた際、歌舞伎の教鞭を取った
京都造形芸術大学で学生に稽古を付けるにあたり、姿勢を見せるべく翌2月の
大阪新歌舞伎座公演で、通し狂言「敵討天下茶屋聚」と「義経千本桜 四の切」を
一段と熱演した。その結果、被災した観客から「復興のための力を与えられた」
との手紙を受け取ったと、猿之助丈は著書で語っている。その一座に亀治郎は
いなかったのだろうか。もちろん歌舞伎を演じるにあたり、被災地復興に考えを
及ばす必要は無いけれど、猿之助丈に憧れるなら、その精神を見習うべきだ。
この時点で、今回の襲名興行に対する僕の考えの結論は出ている。亀治郎は
通し狂言「敵討天下茶屋聚」を演るべきだったのだ。同作を彼は琴平・金丸座と
浅草歌舞伎で手掛けている。舞台機構が十分には伴わない芝居小屋でせっかく
練り上げて、猿之助丈にとって意義深い演目があるのだから、何故に、折角に
松竹が上質な劇場・新橋演舞場を2ケ月間もあてがったのに、自分の歌舞伎
修行の成果を発揮しようと考えなかったのだろうか。それは奇亀怪怪極まりない
「古典とスーパー歌舞伎と、どちらか一方では、やはり不備だと思いました。」
…という、いびつな物の考え方が彼をそうさせたのだ。市川亀治郎は不遜です。
だらだら書くのも疲れてきた。僕が考える、亀治郎が敢行すべき襲名興行はこうだ。
六月大歌舞伎 新橋演舞場
昼の部「ヤマトタケル」
ヤマトタケル 猿之助
帝 段四郎
タケヒコ 中 車
夜の部「ヤマトタケル」
ヤマトタケル 亀治郎
帝 中 車
タケヒコ 右 近
七月大歌舞伎 新橋演舞場
昼の部
「小栗栖の長兵衛」中車
「口上」猿之助 猿翁
「黒塚」猿之助 團十郎
「四の切」猿之助 海老蔵(源義経)
夜の部
「「敵討天下茶屋聚」猿之助 澤瀉屋一門
