歌舞伎座さよなら公演の名舞台を映画館で!
片岡仁左衛門の当たり役「女殺油地獄」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1611946&media_id=14
件の編集者の解説を手直しすれば、「若者の孤独と狂気」を「馬鹿者の孤立と凶器」
にアカ入れします僕が上司ならば。「若者の孤独と狂気」などとROCKの話か?
と誤解を招く解説をするから、「俺にピッタリじゃん、評判とった三代目實川延若
のおじさんに似てるし」などと中村獅童ごときが、小ぶりな三越劇場でコッソリ
掛けてしまい、泣く泣く指導に借り出された当代仁左衛門丈に「下手過ぎる!」と
叱られる始末になる。若者を安直に持ち上げては、日本は良くはなりはしません。
この狂言は、ニートが近所の奥さんを身勝手に殺した凶行です。それだけ、です。
だから、何なの?のツッコミを入れさせないまま、幕を開けて幕を閉める、だけ。
「馬鹿者の孤立と凶器」と正確に解説すれば、なるほど老若男女問わず馬鹿な者が
社会に適応できず孤立して、「油」という凶器を使い「女を殺す地獄」絵図を舞台で
魅せてくれる話だと伝わり、石油会社がスポンサーに付かない興業となります。
僕が河内屋与兵衛なら、自分の着物を汚したく無く、自分の手も汚したくも無く、
金を貸してくれぬ許し難い女を殺すのに、自分を育ててくれた家業の命綱である
油をかけて、吸った煙草の火を離れて落とし放火して、火達磨にして鑑賞します。
喧嘩した与兵衛が泥まみれになったを綺麗にしてあげたのが、お吉さんの命取り
で、己を汚したくない自分に手を貸してくれた馬鹿正直な女は、自分に金を貸すと、
とんでもない発想の飛躍を彼に与えてしまったのだと思います。ああ身勝手。
書き下ろした近松門左衛門は、本当は、お吉を火達磨にする演出がしたかったが
浄瑠璃人形がひと舞台毎に燃やし潰せ無いので、油すってんコロリでコロリ死
にさせる惨劇に仕立て上げたのでしょう。現代なら消防法が決して許しません。
風向きを変えないと僕に火が襲いかかるので変えますが、僕は39歳最後の日に
花道を備えた小劇場の事務職員を辞め、40歳から四十の手習いで市民演劇体験
に通いましたが、以前の演劇体験で「芝居がニヒル過ぎる」とお褒め頂いていた
こともあり、題材の新劇「女殺油地獄」で僕は「河内屋与兵衛」を配役されました。
しかし与兵衛の台詞は面白く無く、むしろ義父の河内屋徳兵衛が演りたかった。
これは僕が実に真っ当な男である事を如実に物語っているからでしょう。実際、
与兵衛の台詞は全く覚えて無く、徳兵衛がお吉を訪ねる冒頭の台詞だけ覚えた。
演出家が見せてくれた芝居、台詞の雰囲気、抑揚が今でも思い浮かび再現できる。
この芝居を僕は、市川染五郎丈と片岡孝太郎丈で観たが、あまり好きでは無い。
むしろ来月からコクーンで掛かる「盟三五大切」が大好きで、観たいが、観ない。
「盟三五大切」と「女殺油地獄」の共通点は、妻に映像なぞ見せようものなら烈火
のごとく怒り出し、油が無くても夫婦炎上してしまう惨劇を誘因する「火種」です☆
ありがとうございます。妻は、くだらない人間を正当化する話に怒ります。
「盟三五大切」は、好き過ぎる狂言で、今回の「橋之助の源五兵衛単独主演」に
涙しています。過去日記で三五は書きまくっており、今回は妻に拝み倒して
何とか観たいところですが、皆さんの日記や劇評からの想像に、留めます。
亀治郎丈の「お吉」の良さは、名古屋で昨春に観た「男の花道」の歌右衛門役
が良かったのと同じ感覚で想像してます。僕には、観ないのも、歌舞伎です☆
片岡仁左衛門の当たり役「女殺油地獄」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1611946&media_id=14
件の編集者の解説を手直しすれば、「若者の孤独と狂気」を「馬鹿者の孤立と凶器」
にアカ入れします僕が上司ならば。「若者の孤独と狂気」などとROCKの話か?
と誤解を招く解説をするから、「俺にピッタリじゃん、評判とった三代目實川延若
のおじさんに似てるし」などと中村獅童ごときが、小ぶりな三越劇場でコッソリ
掛けてしまい、泣く泣く指導に借り出された当代仁左衛門丈に「下手過ぎる!」と
叱られる始末になる。若者を安直に持ち上げては、日本は良くはなりはしません。
この狂言は、ニートが近所の奥さんを身勝手に殺した凶行です。それだけ、です。
だから、何なの?のツッコミを入れさせないまま、幕を開けて幕を閉める、だけ。
「馬鹿者の孤立と凶器」と正確に解説すれば、なるほど老若男女問わず馬鹿な者が
社会に適応できず孤立して、「油」という凶器を使い「女を殺す地獄」絵図を舞台で
魅せてくれる話だと伝わり、石油会社がスポンサーに付かない興業となります。
僕が河内屋与兵衛なら、自分の着物を汚したく無く、自分の手も汚したくも無く、
金を貸してくれぬ許し難い女を殺すのに、自分を育ててくれた家業の命綱である
油をかけて、吸った煙草の火を離れて落とし放火して、火達磨にして鑑賞します。
喧嘩した与兵衛が泥まみれになったを綺麗にしてあげたのが、お吉さんの命取り
で、己を汚したくない自分に手を貸してくれた馬鹿正直な女は、自分に金を貸すと、
とんでもない発想の飛躍を彼に与えてしまったのだと思います。ああ身勝手。
書き下ろした近松門左衛門は、本当は、お吉を火達磨にする演出がしたかったが
浄瑠璃人形がひと舞台毎に燃やし潰せ無いので、油すってんコロリでコロリ死
にさせる惨劇に仕立て上げたのでしょう。現代なら消防法が決して許しません。
風向きを変えないと僕に火が襲いかかるので変えますが、僕は39歳最後の日に
花道を備えた小劇場の事務職員を辞め、40歳から四十の手習いで市民演劇体験
に通いましたが、以前の演劇体験で「芝居がニヒル過ぎる」とお褒め頂いていた
こともあり、題材の新劇「女殺油地獄」で僕は「河内屋与兵衛」を配役されました。
しかし与兵衛の台詞は面白く無く、むしろ義父の河内屋徳兵衛が演りたかった。
これは僕が実に真っ当な男である事を如実に物語っているからでしょう。実際、
与兵衛の台詞は全く覚えて無く、徳兵衛がお吉を訪ねる冒頭の台詞だけ覚えた。
演出家が見せてくれた芝居、台詞の雰囲気、抑揚が今でも思い浮かび再現できる。
この芝居を僕は、市川染五郎丈と片岡孝太郎丈で観たが、あまり好きでは無い。
むしろ来月からコクーンで掛かる「盟三五大切」が大好きで、観たいが、観ない。
「盟三五大切」と「女殺油地獄」の共通点は、妻に映像なぞ見せようものなら烈火
のごとく怒り出し、油が無くても夫婦炎上してしまう惨劇を誘因する「火種」です☆
ありがとうございます。妻は、くだらない人間を正当化する話に怒ります。
「盟三五大切」は、好き過ぎる狂言で、今回の「橋之助の源五兵衛単独主演」に
涙しています。過去日記で三五は書きまくっており、今回は妻に拝み倒して
何とか観たいところですが、皆さんの日記や劇評からの想像に、留めます。
亀治郎丈の「お吉」の良さは、名古屋で昨春に観た「男の花道」の歌右衛門役
が良かったのと同じ感覚で想像してます。僕には、観ないのも、歌舞伎です☆
