芝居小屋を沸きに湧かせた歌舞伎劇団スーパー一座が師走聖夜に幕を引く。
狭い板の上を役者が所狭しと飛び回り、時に両花道も通す劇的な舞台空間。
左に流れ閉まる定式幕を、熱狂する見物が拍手で、何度も右に流し開ける。
それは三十年間、一座が名古屋大須に出現させた、江戸歌舞伎の劇空間だ。

昨日に新聞記事で一座の終幕を見確かめた故、全国の歌舞伎贔屓に告げる。

歌舞伎たる歌舞伎、スーパー一座の最終公演に「いざ大須」で駆けつけろ!

「超・歌舞伎」と題したが、いわゆる「松竹歌舞伎」を超越した歌舞伎、ではない。
歌舞伎に「トコトンこだわり抜いた」歌舞伎だと、僕が捉えているだけである。

まず台本の構成がすごい。歌舞伎戯作者の戯曲に大胆に筆を入れ、わかり
易くスッキリさせるのを基本にしている。さらに昨冬の「桜姫松ノ白浪」は
江戸歌舞伎の二大作家を見事ない交ぜにして、鶴屋南北の「桜姫東文章」と
河竹黙阿弥の「都鳥廓白浪」の二本を一本にまとめる離れ技をやってのける。

そして台詞にトコトンこだわる。台本作者が演出も執り、誰が聞いても伝
わり、かつ七五調の美調子も備えた台詞術を、役者陣に徹底的に指導する。
目を閉じて空間に気をやり、役者の台詞を聞き指先を流す演出家のさまは
まるで台詞の指揮者のようだ。夏に「大須オペラ」も上演してきた一座ゆえ
台詞を音楽的に美しく格好良く聞かせ、言葉も伝える姿勢が徹底している。

また舞台空間の構成は、絵画的な調和も大切にする。作・演出家が普段は
画家で、舞台美術は無論、役者の動きや立ち位置に視覚的な構成を極める。
演出の席で「もう少し下がれ、そこだ~!」と、研ぎ澄まされた感性で舞台
を仕上げていく。演出家を信頼した役者陣が、駒の様に舞台を彩っていく。

音楽も大切にしている。看板的に名乗る「ロック歌舞伎」の通り、西洋音楽
のロックを使用した斬新さが取り上げられるが、根本は魂を高揚させる音
を使うのだと思う。名古屋を舞台にした「けいせい黄金鯱」では劇団四季の
音楽を手掛けた奏者のパーカッション音楽を大胆に散りばめ、ジャングル
ビートに乗った名古屋城大屋根の大立ち回りは物凄い迫力だった。実際の
風音を吹かせ大盗賊が大凧に貼り付き、花道上を宙乗りで逃げ去る場面は
見物の拍手喝采のすさまじい旋風を狭い芝居小屋の中で巻き起こしていた。

つまり江戸歌舞伎の魂を狭い芝居小屋の中で30年間も上演してきたのが
スーパー一座である。中村勘三郎が平成中村座で昔ながらの江戸歌舞伎を
目指しているが、芝居の凄さは別として、やはり大きな仮設劇場の興業だ。
いわゆる農村歌舞伎や地歌舞伎と比べると、演劇的に演技がしっかりして
いるので、伝統の枠はとっくに超えている。木戸銭の価値も超えるはずだ。

12月2~25日、名古屋・大須演芸場で「大須師走歌舞伎」が沸きに湧く。
http://www.infosite.ne.jp/super/guide.html☆


おぉ、亀崎屋さんとお知り合いなのですね。夏の段階で歌舞伎の幕引き
も決まってたのでしょうか。役者陣の次の動きを期待してやみません☆

おもしろいです!僕も仁左玉の十六夜清心を松竹座で初日に観ましたよ☆

ありがとうございます。中日新聞の記事に「残るメンバーで検討した結果、
一座の名は十二月公演を最後に封印することを決めた」とある故、歌舞伎を
志し歌舞伎が染み付いた役者の有志で名を変えて「歌舞伎」を続ける事を、
贔屓として切に望みます。歌舞伎は演出も大事ですが根本は演技で、一座の
役者の演技や台詞術は、演劇としての歌舞伎を見事に体現してるのだから☆

ありがとう。貴女を夏の大須オペラにギリギリで誘えて良かったと思う。
千秋楽を二階畳席前列中央から、一瞬たりとも見逃さずに目撃しよう☆

ありがとうございます。脚本家としての岩田信市先生の手腕は実に見事で
戯曲の余分な部分に鉛筆で線を入れ、台詞をつないだりして分かりやすく
整理された台本を見た事があります。初日の熱狂を観るのもいいですね☆