尾張から東海道を東上して浅草にて、平成中村座十月大歌舞伎通し狂言
仮名手本忠臣蔵Bを満喫。道中、銀座ソニーでシネマ歌舞伎座を冷やかし、
三越銀座店の屋上に直行。贔屓の片岡孝太郎丈が同店受付をされていた
奥様と独身時に待ち合わせたという神社で、前日に夫婦となった相方と
の末永き幸福を祈願した。トップの写真は、薄雪姫を演じる片岡孝太郎丈。

片岡仁左衛門丈率いる片岡一家、ひいては松嶋屋一門の魂を、「片岡」と
して生まれ変わった、僕たちふたりの生きる指針として学び取るという
「片岡巡り」の第一歩を、仁左衛門丈を兄と慕う中村勘三郎丈との競演、
平成中村座の初日の日本晴れの元で踏み刻む幸運を、噛みしめています。

急ぎ足の感激を記す。舞台下手の袖上部から見下ろす桜席、2階左1列
4番に陣取り、幕隙から板の上を眺め、勘三郎丈を待つ切株を注視する。
チョーンと柝の音。桜席の目かくしも上がる。十八代目が編笠をかざす
横顔を見つめ、満席の観客よりも早い逢瀬に身を焦がす。一斉に「中村屋」。
その瞬間、舞台美術の松の木の葉先から、虻だか蜂だか大きな蠅だかが
下手袖に飛び去った。僕は本当に見た。勘三郎丈は父君十七代目の来訪
を蠅の飛来になぞらえて感じたことがあると随筆に記しているが、この
出来事もそうかもしれない。いや、絶対にそうだ。僕は葉書で十八代目
に知らせようと思う。初めてのファンレターに恰好の題材を得たのだ。

五段目。眼目は子息、中村勘太郎丈の躍進だと思う。筋書で早野勘平に
扮して「忠臣蔵の由良之助以外の主要な男性の役を、ほとんど演らせて
頂くこの機会を乗り切ったら、もうなんでもできるようになると思う」
と語る彼の中に、僕は未来の勘九郎を勝手に見出している。勘太郎丈の
発声の自然な野太さが、忠臣蔵Bプロの台詞の第一声を、見事に彩った。
父君との丁丁発止の台詞術に遜色は無く、また相性も良いと感じました。

そして中村橋之助丈の斧定九郎。松の枝越しの白い頬が実に美しかった。
勘平による流れ弾で無言の断末魔の苦しみのなか、三味線チョーキング
(奏名判らぬ故)にピタリ合う手の痙攣をキッチリ表現していた。糸に乗
るのは台詞だけではないなと実感。血を垂らす具合も、滴る感じが出た。

六段目。勘三郎丈は稽古で凄い気迫を見せたという。五段目から通した
印象だが、ギラギラした気負いを感じた訳でなく、実に端正な勘平だと
思った。自身のショウを魅せる主役目線は皆無で、忠臣蔵を通す役柄の
ひとつとして死守する必死さを静かに醸し出していると感じた。悲劇の
勘平の、鎖に繋がれて重りに引きずられる、やり切れない哀しさが所作
のひとつひとつからヒシヒシと伝わってきた。重過ぎる。「過重」だと。

七段目。片岡仁左衛門丈演じる大星由良之助は、遊興に耽るフリは抑え
気味に見受けられ、眼光鋭く切り替える重い切れ味で、凄まじく切り返
してくるなと感じた。子息の孝太郎丈扮する遊女おかるに、下目線では
なく紳士的に接する間合を、僕は感心しながら見て取った。静かな気迫
を、一族の頭領として滲み出させている様子に、「男」を思い起こさせた。

孝太郎丈の「おかる」は、女形4人(玉三郎、福助、時蔵、芝雀)に比べて
派手さも声の奇抜さも少ない分、古風で楷書の遊女演技が楽しめたかと。
台詞をしっかり聞かせて、父君による由良之助を引きたてていたと思う。
平右衛門との掛合も、変にじゃらじゃらせずスッキリ流したという印象。
ふくよかでおだやかな風味の、貴重な女形さんになるのでは?と感じた。

平右衛門は橋之助丈の独特な声と足りない愛嬌で、橋之助の世界だった。
勘太郎丈が、この役でいちばん精彩を放つのではないかと、胸が湧いた。

十一段目奥庭泉水の場。中村勘太郎丈、七之助丈兄弟の立廻りに興奮。
速さと鋭さを出しつつも、形を綺麗に魅せていたと思う。錦秋の巡業で
素の装いでいいので、これを演ると良いのにと痛感する。耳に引っ掛る
のは七之助丈の台詞術。正直、一聴で誰なのかが判らないことと、女形
さんの立役としての奇抜さ、悪く言えば素っ頓狂さが僕だけかもしれな
いが感じられた。やはりこの人は女形として頭角を現すのかという予測
と、勘九郎には「待ってました!」感が要るので矢張り勘太郎丈が継ぐ
べきだという確証らしきものが、この場で僕の中で強くなったと言える。

そして、引揚げの場。義士の頭領、由良之助の「殿、やり遂げました」感
が、花道を帰り行く仁左衛門丈の静かに目を閉じた万感の表情で、強烈に
伝わってきた。颯爽と登場した御馳走の、勘三郎丈の服部逸郎の台詞で、
鶏のコケコッコーのあとに「鶏鳴告ぐる朝ぼらけ」というのが耳に残った
が、この駄文を締めくくる恰好の、僕カッコーの合言葉に相成りました☆

中村座3回は垂涎ものです。僕は結婚したので遠征歌舞伎は控える姿勢
で居て、魅力的な演目が続く年内は容赦頂くとして、来年はと拳を天高
く掲げていますが、松竹はこれでなかなかニクい誘惑をしてくるので…

歌舞伎座は僕も夜の部を相方と1階3列19・20番で観ます。本朝廿四孝
にて下手から「福助・菊之助・玉三郎」が並ぶという、いま最も美しい
絵面の歌舞伎を間近から御覧に入れるというのが第一の趣向。次に成婚
片岡姓襲名記念として「直侍」で主人公「片岡直次郎」の悲恋を見据える
のが第二の趣向。そして、玉三郎と福助の舞踊対決で添えた華を楽しむ
のが第三の趣向と、実に揃い踏みの好取組を、相方の初の歌舞伎座体験
に仕立てようとする新米ダーリンの「ニクい演出」です。もちろん幕後
の「旨い蕎麦を喰わす店」探しにも余念がありません。「星王子屋~☆」

もちろん歌舞伎は舞台芸術だから、感覚的に観るのが大切だと思います。
歌舞伎座夜の部の本朝廿四孝を、貴女が歌舞伎座を初体験する演目とし
て贈る訳ですが、券の都合でいささか至近距離からの視覚体験になるか
もしれません。しかし、少し離れた場所から定点観劇をして「絵面」として
楽しむのは、絵画をたしなむ人ならではの歩み寄りとは思うけど、郷に入
らずんば郷に従えで、役者と共に視線を動かして、表情の細やかな動き
や息遣いまでも体で感じとるという、鮮烈な体験を楽しんで欲しいです。

片岡仁左衛門丈が清々しく爽やかだというのは、その通りだと思います。
役者の皆さんは良い意味の振り幅を持っていて、第一印象を激しく裏切
る芝居も見せてくれるんですよ。11月の盟三五大切を観ると松嶋屋さん
のイメージが大きく変わるかもしれないから、敢えて見ない方がいいの
かもしれませんね。僕はもの凄く楽しみに観たいなと秘かに思うけど☆

ありがとうございます。全編ご観劇とは「通し狂言」の言葉通りですね。
僕は勘太郎丈奮闘と橋之助丈が頭を張るDプロを、当日券狙いで駆けつ
けるかと腰浮きましたが、唯一の可能日に無料招待券で御園座の顔見世
を相方と楽しむ約束と、遠征費と木戸銭の三万円以上の出費を新生活に
充てないと三下り半を早々に着きつけられる危険性がある故、いろは嬢
に特にDプロの感想をおねだりする不埒さに留めておきます(笑)。

さて、筆急ぎな感想でしたので補足を。七之助丈はBプロの座組みでは
喜多八ひと役の御馳走になるのは致し方ないですね。ただ中村屋贔屓の
気持ちを想像すると、体力が許すならば小山三丈の「おかや」と七之助丈
の「一文字屋お才」で、中村屋看板を板に上げてもらえたらと思います。
天から十七代目が「へたくそで見てらんねぇから、あたしが与一兵衛を
演って台詞の間を小声で出してやるよ」なんて、ご機嫌で共演なさるの
ではないでしょうか。小山三丈を観てないのが少し心残りな身供です


忠臣蔵は概ね楷書の芝居が要求される古風な狂言だと思うので、立役を
演る時により発せられると思う七之助丈の「才気走った狂気」といった
持ち味が邪魔をするのではないかと、喜多八としての第一声を後から噛
みしめてみるとそう感じます。「素っ頓狂さ」とは良くない表現をしまし
たが、言い換えると「ヒリヒリしたナイフの切れ味のような狂気に満ち
た声」という印象。以前の中村座で演じた「弁天小僧」には合う声かと。
だから、立役なら何でもござれの「基本的な発声」ではないかもという
否定的な考えは捨てて、女形としての「情感と切なさ」を醸し出す美声
の持ち主なのでは?と認識を新たにしました。かなり先走った感想かも
しれませんが、中村屋兄弟の行く末を暗示する意義ある公演なのかも。

ゆえにDプロの「おかる」を見届けたくもあるんですね。女房から遊女の
演じ分けはどうなのかなとか。ただ一言、孝太郎丈の「おかる」を吸収す
るといいと思う。女形としての「ふくよかさ」や「あたたかさ」は、えてして
美に傾倒しがちになるかもしれない、坂東玉三郎丈より後の女形さん
の「ニン」に適う演技には見受けにくいかもしれないけど、松嶋屋の女形
さんにこそ見出せるかもしれないと思うからです。記しにくいけれど。

矢張りDプロの未練は募りますが、観ずに想像するのも歌舞伎の醍醐味。
勘太郎丈の「勘平」と七之助丈の「おかる」は、僕は浅草も観ていないので、
どうなることかしらんと劇評や感想、舞台写真を心待ちに致しますね☆


ご指摘ありがとうございました。普段は撮影することは無い僕ですが、
日記に書こうと躍起になっていたことで無礼、いや悪事をしてしまい
ました。大変失礼致しました。携帯電話内の画像記録も削除しました。

僕は桜席で観ていたので、公にはできない初日のエピソードもあります。
いや、初日のみではなく、役者さんの自然な振る舞いによるものかもし
れませんが。カーテンコールなくスッキリ閉まる中村座定式幕で千秋楽
まで突っ走って頂きたいなと、切に望みます。もとい、法界坊にタスキ
を渡す忠臣蔵千秋楽ならいいかもしれませんね。自由なのが中村屋です。