葛西聖司アナウンサーの優しい声が「9月9日、重陽の節句」と告げた
深夜1時過ぎ、ラジオを前に、主役の中村芝翫丈の登場を心待ちにした。

きょう9月9日は「重陽の節句」です。奇数が縁起のよい陽の数とされ、
一番大きな陽の数の九が重なる9月9日を「重陽」とした節句で、別名
「菊の節句」とも言います。いにしえから宮中行事で菊花酒を楽しんだり、
前夜に蕾の菊の花に綿をかぶせて香りと夜露を染みこませたもので身体
を撫でたりして、けがれを祓い長寿を願ったといいます。最近では、菊の花
が秋にかけて見ごろを迎えるとして、花の歳時記として親しまれています。

菊の節句の幕開けに、往年の名優・六代目菊五郎の話を聞けるとは粋な
はからい。中村芝翫丈は、幼くして父を、続いて祖父を見送り歌舞伎の
世界で独りぼっちになった時、助けてくれたのが「六代目尾上菊五郎」
だったそうです。六代目の最後の舞台となった舞踊「喜撰」で相手役の
お梶に抜擢してくれたとかで、本番の舞台上でも「そこ肩を使え、腰を
折れ!」と指導するほどの熱心さだったとか。六代目本人が声量少なく
小音で声に苦労して、芝翫丈、当時児太郎に裏声で発声してはいけない
と仕込み、歌舞伎座3階席まで良く通る芝翫丈の声の基本ができたそう。

そして芝翫襲名のとき、舞踊の大曲「鏡獅子」を披露すると新聞1面で
「六代目菊五郎の面影を思い出させる新・芝翫の鏡獅子。六代目が手を
とって教えた甲斐があった見事な出来だ」という劇評が出たそうですが、
実は芝翫丈は六代目に鏡獅子を指導してもらっていないとのこと。「もし
恩師の菊五郎が生きていたらこんな踊りを踊っていたんじゃないか」と
いうものを舞台にあげられたのではないかと捉え、何より六代目菊五郎
の名が新聞の活字を飾ったのが嬉しいと語る芝翫丈に、僕も感じ入りました。

そこで僕が考えたのは、現代の花形、尾上菊之助丈のことです。11月に
新橋演舞場の若手花形歌舞伎で、通し狂言「伽羅先代萩」の「政岡」を初役
で勤められることに驚きと喜びを隠しきれませんが、その大役を菊之助
さんが誰に指導を乞うのだろうと思い描いたとき、大先輩の中村芝翫丈
ではないかと思うのです。数年前に菊之助さんが「毛谷村」の「お園」に
初挑戦したとき、それを当たり役とする父君・七代目菊五郎が芝翫兄さん
に手ほどきを頼んだそうだという流れがありました。さらに去年の八月
納涼歌舞伎で「裏表先代萩」の政岡を中村勘三郎に指導したのも芝翫丈
であることから、10月に歌舞伎座で一座する中村芝翫丈に菊之助さんが
直接に稽古をお願いするのではないかと察せられるのです。芝翫丈は快く
引き受けられて、歌舞伎座の楽屋か芝翫丈の神谷町のお宅でみっちりと
厳しく、六代目菊五郎から受け継いだ芸の真髄を若手に伝えると思うのです。

長々となりましたが、歌舞伎には、中村芝翫丈が六代目菊五郎を称して
「恩師」と、尊敬と感謝の念を抱き続けているように、濃密な人間関係が
面白いと思います。舞台での熱演を楽しむ他に、インタビュー記事等から
歌舞伎の熱気や楽しさを感じていきたいなと、「菊の節句」に思うのです☆