Mr.Childrenの野外演奏会巡演が今夜に広島から幕を開ける。
演奏曲を考えた。
結論はMr.Childrenは「SUNRISE」と「しるし」を演奏すべし。
小林武史氏に告ぐ。
Mr.Childrenの策士は彼と思う僕は、楽曲「SUNRISE」の扱いは小林氏の指図に
拠るものと想像する。とても良い曲なのに収録アルバム「HOME」の公演で
演奏しなかったのに、公演DVDではトップ画面のBGMにイントロの一部
のみを採用し、ファンにオアズケを喰らわせる格好にした。そして関係者のみ
招いた「Split the Difference」で開幕曲に演奏し、DVD作品として発表を
する事はした。そして先日の「ap bank fes」で、イベントに参加したのファンの
前で、初めて生演奏を披露した。つまりは、小出しに小出しにしているのだ…
次に櫻井和寿さんを引き合いに出す。彼が「佐野元春のソングライターズ」に
出演した際、名曲「しるし」を挙げ、「どうせ」という言葉に続き、「愛する」を
繋ぎ、「どうせ」という言葉を上手く使う事ができたと、手応えを得たと言う。
「どうせ」と言えば、同じアルバムの「SUNRISE」でも使ってる。だが使い方が
全く対照的。「しるし」は能動的・自主的で、「SUNRISE」は受動的・受け身的だ。
「しるし」の歌詞を引用する。
「ともに生きれない日がきたって どうせ愛してしまうと思うんだ」
「そのどれもが素晴らしくて 僕は愛を思い知るんだ」
「SUNRISE」の歌詞も引用する。
「まだ、わかりたくない。どうせ、いつか思い知らされるんだ…」
違いがはっきりと判る。「しるし」は能動的に「愛を思い知る」大人の人間で、
「どうせ」を、どんな状況に面しても愛すると、覚悟を決めている思いで使う。
「SUNRISE」は、「まだわかりたくない」と、現実を直面視する事から逃げて、
「どうせ」を、投げやりな態度で使い、思い知らされると、あくまでも受け身。
これは、歌詞から判断するに、引きこもりなどしてそうな、コドモの唄だ。
この対照的な唄を両曲とも、ひとつのライブで演奏することに意味がある。
なぜなら、Mr.Childrenの音楽は、「子供が大人になる音楽」だと思うからだ。
僕は今回の野外公演に参加する。「SUNRISE」も「しるし」も是非に聴きたい☆
演奏曲を考えた。
結論はMr.Childrenは「SUNRISE」と「しるし」を演奏すべし。
小林武史氏に告ぐ。
Mr.Childrenの策士は彼と思う僕は、楽曲「SUNRISE」の扱いは小林氏の指図に
拠るものと想像する。とても良い曲なのに収録アルバム「HOME」の公演で
演奏しなかったのに、公演DVDではトップ画面のBGMにイントロの一部
のみを採用し、ファンにオアズケを喰らわせる格好にした。そして関係者のみ
招いた「Split the Difference」で開幕曲に演奏し、DVD作品として発表を
する事はした。そして先日の「ap bank fes」で、イベントに参加したのファンの
前で、初めて生演奏を披露した。つまりは、小出しに小出しにしているのだ…
次に櫻井和寿さんを引き合いに出す。彼が「佐野元春のソングライターズ」に
出演した際、名曲「しるし」を挙げ、「どうせ」という言葉に続き、「愛する」を
繋ぎ、「どうせ」という言葉を上手く使う事ができたと、手応えを得たと言う。
「どうせ」と言えば、同じアルバムの「SUNRISE」でも使ってる。だが使い方が
全く対照的。「しるし」は能動的・自主的で、「SUNRISE」は受動的・受け身的だ。
「しるし」の歌詞を引用する。
「ともに生きれない日がきたって どうせ愛してしまうと思うんだ」
「そのどれもが素晴らしくて 僕は愛を思い知るんだ」
「SUNRISE」の歌詞も引用する。
「まだ、わかりたくない。どうせ、いつか思い知らされるんだ…」
違いがはっきりと判る。「しるし」は能動的に「愛を思い知る」大人の人間で、
「どうせ」を、どんな状況に面しても愛すると、覚悟を決めている思いで使う。
「SUNRISE」は、「まだわかりたくない」と、現実を直面視する事から逃げて、
「どうせ」を、投げやりな態度で使い、思い知らされると、あくまでも受け身。
これは、歌詞から判断するに、引きこもりなどしてそうな、コドモの唄だ。
この対照的な唄を両曲とも、ひとつのライブで演奏することに意味がある。
なぜなら、Mr.Childrenの音楽は、「子供が大人になる音楽」だと思うからだ。
僕は今回の野外公演に参加する。「SUNRISE」も「しるし」も是非に聴きたい☆
