前回の続きのような内容です。
五感。
視覚、聴覚、臭覚、味覚、と触覚。
目で視る事。
耳で聴く、臭いや味を感じる、肌で感じること。
です。
覚醒するためには。
目覚めるためには。
とかね。
よく言う言葉。で、努力するでしょ。
ほんとは。
「自然にそのようになる」が良いね。
私はもともとお肉が苦手です。
雑音、騒音が苦手です。
悪臭、人口臭が苦手です。
詳しく書き出すときりもないのでここまでにします(笑)
一昨日、行きました空海さん。
気付いたことがあります。
悪臭を放つと、天に気付いてもらえないのかって。
騒音、というか、美しい言霊は天に届く響きとなる。
のは、彼らに見える存在になるから。
例えばね。
悪臭を放ち、騒音を立て、ここに居るとするでしょ。
おそらく、彼らには見えてないんだと思うのです。
見えない状態に「居る」からね。
全ては「無」から始まったとはよく言ったものだと。
改めて心身、深々から納得理解する。
「無」でいるということは、光になる。
そうすると彼らに見える存在となる。
二本足の人間は、人間ではなく、妖精?光?なんていえばいいんだろ。
粒子になる。ね。
ブラジルの奥地へ出入りする人から聞いたことがある。
「先住民族の彼らは面白い言い方をするよ。」と。
「私たちは先住民族、あなたたちは人間」と。
ね。
先住民族は彼ら自身が作るアクセサリーを身に付ける。
柄に意味などいろいろあるけど、それ以上に大切なこと。
それを付けることで、「森に入る許可を得る、森に入るに値する存在となる」と。
先住民族ですら、純粋無垢な状態となって森に入ることをしている。
近代に生きている私たちは?
満腹感の中で食する生き物。
臭覚を麻痺させるような人口香。
必要性のない、或いは必要以上の視覚からの情報。
とかね。
A.Iとの共存の今ですから、いろいろに変化する。
ただ、その根源の在り方は変わっていはいけないのではと。
厳かにあれ。
孤高であれ。
謙虚であれ。
光であれ。
てね。
なんだかそう思うのです。
明日からスペシャルな3日間です。ってね。
そんな前日にいろいろに気付けましたことに感謝。
ね。
修業に入らなくたって。
例えば空海さんへ逢いに回顧展へ行く、という機会、空間に入り込めば覚醒だってするかもよ。
でね。やっぱり、やっぱり。
ありがとうございます。