「般若」

「和尚様。ちょっと耳にしたのですが、般若湯(はんにゃとう)って何ですか?」

小僧さんは小首を傾げながら、和尚さんに問いかけました。

和尚さんはその言葉を受け、天井に口を向けて、わっはっはと大きく笑い、こう答えました。

「それはお酒のことじゃ」

「お酒?」

「そうじゃ。お寺では、ほれ、お酒を呑んじゃいかんと言われとるじゃろ。じゃが、まあ、どうしても呑みたいお坊さんもいるし、そういうお方は実際、呑むわけじゃ」

 

小僧さんは目を丸くして聞いておりました。それって、ウソをついているってこと・・・?

「しかし、おおっぴらに酒を呑むぞ、なんて言えないわけじゃ。お坊さんという立場上な。そこで、こいつは酒ではない、般若湯という飲み物である、ということにしたわけじゃ」

小僧さんは、ぽかーんと口を開けて聞いておりました。

「・・・。ということは、般若って、ウソを誤魔化すためにつけた言葉なのでしょうか」

「まあ、そうじゃな。仏に仕える身でありながら、一方では何とかして己が欲を満たす方策を探る。情けない話じゃのう」

 

あるとき、小僧さんは和尚さんから寺の留守番を頼まれました。和尚さんは遠方の檀家さんをいくつか回った後、知り合いのお寺に挨拶に伺うとのことで、3日程、寺を空けるとのことでした。和尚さんは小僧さんにいくばくかのお金を渡し、言いました。

「何か必要なものがあったらこれで買いなさい。留守番は大変かもしれんが、まあ、これも修行の一つじゃ。わしがおらんでも、いつもと同じように仏様へのお勤めは忘れるでないぞ」

「はい、和尚様」

 

留守番中のこと。小僧さんは台所を掃除していて、お味噌が切れかかっているのに気づきました。自分もお味噌汁はいただきたいし、和尚さんが戻ってきたら、いずれにしても買いに行かねばなりません。そこで、小僧さんは和尚さんからお預かりしたお金を持って町に向かうことにしました。そのついでにお豆腐や野菜等も買ってくるつもりです。

 

寺は山の上にあって、町までの往復にはかなりの時間がかかります。小僧さんもまだまだ修行中の身、たまには町の空気にも触れてみたいとも思いますが、留守番を頼まれている以上、長居することはできません。

小僧さんは、町のスーパーで用事を済ますと、急いで出口に向かい、勢いよく外に飛び出しました。

 

ちょうどそのとき、入れ違いに店に入ろうとしていた二人連れにぶつかりそうになりました。一人の男はパナマハットを目深に被り、短パンに派手なアロハシャツを身に付けていて、いかにも怖そうな感じです。その横では、ホットパンツ姿でメイクの濃い若い女が男の腕にべったりと体を寄せていました。

「あ、すみません!!」

小僧さんは深く頭を下げ、恐る恐る男の顔を見上げると、男は小僧さんの顔を見下ろしながら、ぽかんと口を開け、目を丸くして固まっておりました。何と、それは和尚さんだったのです。

和尚様!危うく喉まで出かけた言葉を飲み込むと、小僧さんはその小さな頭で次に何を言うべきか必死で考えました。

仏道ではお酒も女人も禁じられているはず。でも、この二人はどう見ても怪しい関係にしか見えない。それに、和尚様はこの場面で自分が住職であることがばれるとまずいのかもしれない・・・。頭がくらくらする中、小僧さんはやっとの思いで、こう言葉を絞り出しました。

「こ、これはとってもお美しい・・・般若さまをお連れで」

 

「本音」

セミナー主催者にとって、税金問題の対処は人々の心に解放を与えるより難しい。

主催者の弟子兼社員が申し訳なさそうに口を開いた。

「先生、昨日の参加申込者、セミナー代の領収書が欲しいと言ってきています」

「またかね・・・、キミ。ちゃんと受講者にはそれとなく雰囲気は伝えてあるのだろうね。覚醒の教えを伝えようとする私たちが、事もあろうに、まだ代金をいただいていませんよ、なーんてことを口にする筈ないでしょ・・・って雰囲気は」

「もちろんでございます」

「それだけじゃ足らんぞ。ここが肝心じゃ。あなた、領収書ご入り用ですか?要らないですよね?いやいや、これまでにもね、領収書が欲しいって受講者がいたりするんですよー、わたしたち、信じてもらえてないのでしょうか、あはは。・・・っていうゆるい空気感も」

「いつものご指示の通りでございます」

 

先生と言われた男は、1つ大きなため息を吐くと、報告してきた男に愚痴をこぼした。

「まったく厄介な受講者だ。領収書なんてもの、まずはモノとか意味のあるサービスの提供があってこその、支払いへの受領証明だろう」

そこまで言って、男はうっかり口を滑らした。

「自分で言うのも何だが、このセミナーのどこが意味あるサービスと言えるんだね」

それを受け、弟子兼社員もまた、うっかり口を滑らしてしまった。

「仰せのとおりでございます。私もこのセミナー、かねてより全くもって無駄そのものだと感じておりました」

「・・・」