「自己犠牲」
ハワイ在住のその日本人ティーチャーは、年に数回、日本を訪れ、高額なセミナーを開催していた。その数回の開催だけでも日本のサラリーマンの平均年収の10倍近くの稼ぎを叩き出す。しかし、純粋な受講生たちは、ティーチャーがハワイから日本まで足を運んでくれることにむしろ感謝していた。でなければ、セミナー代だけでなく、航空運賃を払って自分たちがハワイまで往復しなければならない。
「先生、本当にいつも遠いところ、私たちのために来て下さり有難うございます!貴重なお時間と労力をお使いいただき感謝にたえません。自己犠牲とは正にこのことを指すのではないでしょうか」
「とんでもありませんよ。本当はいつも皆様のお近くでご指導させていただき、エネルギーを受け取っていただきたいのです。ただ、私とて生身の人間。地球上で最高のパワースポットの一つであるハワイで大地のエネルギーを充電する必要があるのです。そのために、少なくとも6か月以上はハワイの大地に触れておかねばならず、本当に心苦しい限りです」
ティーチャーはそう説明した。
だが、国外滞在の6か月以上という数字が実は、日本国の高い税制適用から逃れるために必要な対応だという事情を、ティーチャーは口が裂けても言えなかった。
「依存」
「依存とその解消方法」というテーマで4時間に渡り行われたセミナーは終了した。セミナーの最後に講師は、こう締めくくった。
「本日のセミナーで皆様、おわかりになったかと思いますが、重要なことですのでもう一度お伝えさせてください。依存している対象物に敵対してはなりません。お酒、タバコ、甘いもの・・・。それは単なる物品に過ぎず、あなたを誘惑しているわけではありません。依存したくなる理由。その原因はすべて皆様の心の内にあります。本日お伝えしたテクニックでそれを自ら見つけ出してください。セラピストにしろ、霊能者にしろ、誰もあなたに代わってそれを行うことはできません。あなた自身でやらなければなりません。その原因を見つけたとき、依存は自然と溶けてなくなるのです。そして、酒やタバコは、自らに課せられていた架空の罪を解かれ、ただの物品に戻るのです。皆様のご健闘をお祈りしております」
講師は控室に戻り、ソファの上に倒れ込むようにしてドカッと腰を沈めた。
「いやいや、今日の長丁場のセミナーはきつかったわい。さすがのワシも疲れてしもうた」
テーブルの茶をすすり、しばし部屋の天井を見上げていた講師は、大きなため息を一つ吐き出すと、片膝をパンと叩き、こう口にした。
「よし、ひとつここは瞑想でもするか」
ソファに座り直して姿勢を正し、目を閉じながら講師は思った。
「まったく、この瞑想ってやつだけはどうしても・・・、止められん」