まひると2月13日にカルバドスで話をした翌日の2月14日。その日は『まひる』の誕生日。矢島が毎年『まひる』の墓参りに訪れる日だった。

矢島はいつもどおり、ゆっくりと家を出た。出がけに京子が「彼女によろしくね」という言葉で送り出すのもお決まりだった。

一年ぶりに訪れる『まひる』の眠る墓地。矢島は手桶に花を入れ、ゆっくりとした歩調でまひるの墓標に向かう。もう30年近く続けている墓参だ。

矢島は、黒御影石の墓石の前で足を止めた。そこには沢野家乃墓と記されている。年月を経て、その文字はいくらかくすんで見える。

矢島はその墓石の前にひざまづくと、そっと花を手向けた。そして、線香の束に火をつける。線香のかおりがあたりに立ちこめる。

『まひる・・・』

矢島は心の中で、在りし日の彼女に声をかける。

『僕らもずいぶん年をとってしまったね。昨日娘に君の話をしたよ。』

矢島の視界に彼女の幻影が現れ、そして墓石とオーバーラップしているように感じた。

『今日、娘は俺と同じような体験をした同級生に話をすると言っていた。君が僕にそうしたように、あの子もちゃんとその青年を支えてあげられるだろうか・・・』

矢島はそう彼女に語りかけた時だ。

さっと一陣の風が通り抜ける。砂ぼこりが一瞬舞い上がり、思わず矢島が顔をそむけた。

そして、矢島が目を開けた時、矢島の視線の先には、矢島と同じように手桶に花をもったひとりの老紳士が目に飛び込んできた。

老紳士は矢島と目を合わせると、軽く会釈をした。矢島はそれを見て丁寧に頭を下げた。そして、矢島が老紳士に向かって言った。

「沢野さん、お久しぶりです。」

そう、老紳士は沢野まひるの父親だった。彼もまた、この日に墓参りを欠かさずしていた。しかし、いつも矢島とはすれ違いで、なかなか顔を合わせる機会が少なかった。沢野はもう一度矢島に丁寧に頭をさげながら言った。

「こちらこそお久しぶりです。いつも娘の墓参りに来ていただいて、ちゃんとしたお礼もできず申し訳ありません。」

「いえ、こちらこそご無沙汰をしてしまいました。お許しください。」

矢島もまた丁寧に頭を下げる。

沢野はゆっくりとまひるの墓石に歩み寄ると、改めて線香に火をつけ、墓前にささげた。そしてゆっくりと手を合わせながら言った。

「まひる・・・今年もお前の大切な矢島さんが来てくれているよ。お前は本当に幸せだね。」

矢島との久しぶりの再会したこともあり、沢野の目には光るものがあふれていた。沢野はしばらく目を閉じてまひるの墓で手を合わせていたが、やがてゆっくりと立ち上がり、再び矢島に頭を下げた。

「もう30年たってしまいましたね。その間、毎年欠かさずここに来ていただいて本当にありがとうございます。」

「いいえ、彼女は私にとっては何者にも代えがたい恩人です。墓参りを欠かせるはずがありません。」

沢野は何度かうなづくと、手桶を持ってもと来た道を歩き始めた。矢島はその後を追うように歩き始める。しばらく歩くと沢野がゆっくりとした口調で矢島に尋ねた。

「そういえば、お嬢さんはお元気ですか?たしか、娘と同じ名前をつけてくださったとか・・・。」

「はい。今は社会人になっています。今年で3年目ですね。23にもなると、なにかと難しいです。」

矢島は頭を掻きながら答えた。

~つづく~