「お酒は環境や、樽で味が変わります。ひとつとして同じ味はありません。人間もその人自身がお酒のように、環境や経験でその人の性格が変わっていきます。そして、その経験や環境は確実にその人に刻み込まれていく・・・お酒と人間はよく似ています。ただ、いくらいいお酒・・・つまり、その人自身がどんなにすばらしいものに仕上がっていても、樽から出なければそれがどんな仕上がりなのかわかりません。ですから、人もお酒も自分が入っている樽から出なければ、本当のそのひとのよさがわからないんです。きっとお二人にも、樽に当たるものがあるはずですよ。」
そう、清水は言いながら二人を見つめた。まひるがつぶやくように言った。
「私にとっての樽・・・。うん、今だったらわかる。きっとそれは、中学のころ同級生をいじめでなくしてしまったときの記憶。いまでも、それはずっと引きずっているもの・・・。」
まひるは雄一郎のことを思い出しながら答えた。清水は何度かうなづいてから、今度は広瀬に目を移す。広瀬はうつむき加減のまま答える。
「僕は・・・いじめを受けていたときからの記憶でしょう。まひるさんと出会うまで、ほとんど女の子と話をしたこともないですし、いつも、誰かにいじめられないかとびくびくしていましたから・・。」
「お二人は、その樽から出たいと思ったこと・・・たくさんおありじゃないですか?」
清水が静かにたずねた。
「出たいけど、出られない・・・・それが正直なところです。」
広瀬が言った。まひるはその答えに少し悲しそうな顔をする。やはり過去の記憶に縛られて、いまでも苦しんでいるのが広瀬なのだ・・・そう感じたからだ。
「私も、出たい。でも・・・・どうしていいのかわからない・・・。」
まひるも搾り出すように答えた。清水はやさしい笑みを浮かべていった。
「だったら、別の樽を見つければいいですよ。もっと心地よく感じることのできる、新しい樽を。」
二人が視線を上げて清水を見上げる。
「まひるさんのお父さんの場合の樽は、高校のときに出会った大切な人の記憶と、そこで二人で交わされた大切な約束でした。そこで、まひるさんのお父さんはその約束を破らないような誓いを立てられました。まひるさんのお父さんは、そこですばらしい誓いを立てられた。おふたりも、何か新しい樽を見つければ、きっと未来が開けると思いますよ。」
「あたらしい・・・樽。どうやって見つければいいのかしら・・・。」
まひるの問いに清水が微笑みながら答えた。
「まひるさんは、もうその答えを見つけかけているのではないですか?おそらく、広瀬さんも・・。でも、そのためにはお二人が今の樽から出なければならないですね。それには、勇気がいると思います。でも、きっと出られるはずです。まひるさんのお父さんがそうであったように・・・。」
広瀬とまひるはまた、お互いに視線を合わせた。二人は清水が言っている意味が、おぼろげながらわかっていた。しかし、それを口に出すことはしなかった。いや、できなかった。まだ、ふたりにはその勇気が足りなかったかもしれない。
清水は、そんな二人の様子を眺めながら言った。
「説教じみてしまいましたね。でも、お二人はきっとすばらしいお酒に仕上がっていると感じますよ。あとは樽から出てみる勇気だけです。」
そういって、清水は出していたスコッチのボトルを元の棚に戻した。
~つづく~
そう、清水は言いながら二人を見つめた。まひるがつぶやくように言った。
「私にとっての樽・・・。うん、今だったらわかる。きっとそれは、中学のころ同級生をいじめでなくしてしまったときの記憶。いまでも、それはずっと引きずっているもの・・・。」
まひるは雄一郎のことを思い出しながら答えた。清水は何度かうなづいてから、今度は広瀬に目を移す。広瀬はうつむき加減のまま答える。
「僕は・・・いじめを受けていたときからの記憶でしょう。まひるさんと出会うまで、ほとんど女の子と話をしたこともないですし、いつも、誰かにいじめられないかとびくびくしていましたから・・。」
「お二人は、その樽から出たいと思ったこと・・・たくさんおありじゃないですか?」
清水が静かにたずねた。
「出たいけど、出られない・・・・それが正直なところです。」
広瀬が言った。まひるはその答えに少し悲しそうな顔をする。やはり過去の記憶に縛られて、いまでも苦しんでいるのが広瀬なのだ・・・そう感じたからだ。
「私も、出たい。でも・・・・どうしていいのかわからない・・・。」
まひるも搾り出すように答えた。清水はやさしい笑みを浮かべていった。
「だったら、別の樽を見つければいいですよ。もっと心地よく感じることのできる、新しい樽を。」
二人が視線を上げて清水を見上げる。
「まひるさんのお父さんの場合の樽は、高校のときに出会った大切な人の記憶と、そこで二人で交わされた大切な約束でした。そこで、まひるさんのお父さんはその約束を破らないような誓いを立てられました。まひるさんのお父さんは、そこですばらしい誓いを立てられた。おふたりも、何か新しい樽を見つければ、きっと未来が開けると思いますよ。」
「あたらしい・・・樽。どうやって見つければいいのかしら・・・。」
まひるの問いに清水が微笑みながら答えた。
「まひるさんは、もうその答えを見つけかけているのではないですか?おそらく、広瀬さんも・・。でも、そのためにはお二人が今の樽から出なければならないですね。それには、勇気がいると思います。でも、きっと出られるはずです。まひるさんのお父さんがそうであったように・・・。」
広瀬とまひるはまた、お互いに視線を合わせた。二人は清水が言っている意味が、おぼろげながらわかっていた。しかし、それを口に出すことはしなかった。いや、できなかった。まだ、ふたりにはその勇気が足りなかったかもしれない。
清水は、そんな二人の様子を眺めながら言った。
「説教じみてしまいましたね。でも、お二人はきっとすばらしいお酒に仕上がっていると感じますよ。あとは樽から出てみる勇気だけです。」
そういって、清水は出していたスコッチのボトルを元の棚に戻した。
~つづく~