「マスターに今言われて、思い出しちゃった・・・。この間の父の話。」

まひるがつぶやいた。広瀬が首をかしげながら聞いた。

「何です?」

「酒と酒樽の話。昔、父がマスターに言われたんだって。どんなにいいお酒でも、樽を開けなければそれはお酒にはならないし、そのよさがわからない・・・・でしたよね、マスター?」

まひるはそういいながら、マスターに視線を送った。マスターがうなづく。

「お二人とも試してみますか?昔、まひるさんのお父さんがされたのと同じように。」

「父がしたのと同じように?」

こんどはまひるが首をかしげる。

「言葉より、舌で感じたほうがよくわかりますよ。いわゆる利き酒です。」

そういいながら清水は棚に並んでいたスコッチウイスキーを何本か取り出して、カウンターに並べた。そして、いくつかのテイスティンググラスを並べ、スコッチのうちのひとつをそこに注いで二人の前に差し出した。そして、チェーサーを同じように差し出す。

「これはオフィシャルのグレンリベットです。試してみてください。まず、香りをかいでそれから口に含む様に味をたしかめてください。」

二人はマスターに言われるがまま、香りをかぎ、そしてスコッチを口に運ぶ。刺激性のある味が舌に伝わる。そして、酒を飲み込むと、独特の余韻が口の中に広がった。

「では、チェーサーで口をあたらしくしてください。今度のものはまた味が違うはずです。」

そういって清水はテイスティンググラスに別のラベルのスコッチを注ぐ。二人はそれを同じように香りをかいだ。

「あれ・・・さっきより芳醇な香りが・・・。」

広瀬はそうつぶやいて、口にスコッチを運ぶ。先ほどより刺激が少なく、味わいも芳醇だ。さらに、口に残る余韻もまったく違う。

「これは・・・さっきのお酒とは別のお酒ですよね?」

その広瀬の問いに、清水は微笑みながら言った。

「昔そうやってまひるさんのお父さんも、同じことを言われました。実は子のお酒は、先ほどと同じグレンリベットです。熟成年数も同じ。違うのは、同じグレンリベットの工場で蒸留したお酒を、ボトリングの会社が樽で引き取り、そこで熟成されたお酒だということです。お酒というのは生き物で、ちょっとした環境の違いで、まったく違った味に仕上がります。お客様の中には、特にこのボトラーズブランドをお好きな方もいらっしゃいますよ。」

「へえ・・・・確かに父の言ったとおりね。こうして比べると、よくわかるわ。」

まひるが感心したようにつぶやいた。

「では、次のお酒はどうでしょう?」

清水は次の酒をグラスに注ぐ。注いだ時点でもう二人にはその違いが目でもわかった。明らかにお酒の色が濃い色をしている。ふたりは、それぞれにその酒を口に運んだ。

「わ、とってもまろやか・・・。」

まひるが思わず声を上げた。

「ほんとですね。さっきまでのお酒より甘い香りと味がします・・・これも、ボトラーズですか?」

「いいえ、今度のお酒は同じところで熟成されていますが、樽が違います。これは、シェリー酒の空き樽を利用して熟成したものです。長い熟成期間をおいて、シェリーの甘い香りや味が移って、まろやかになっていますでしょう?」

清水はそういって、ボトルを二人の前に置いた。


~つづく~