『近くに涼風がいるなら、涼風に聞こえないようにしろ。この話をしたら、きっと別の意味で涼風の気持がゆらぐ。』

「わかった、ちょっと待ってくれ。」

浅野は、携帯電話をもったまま、部屋の外へ出る。ドアをしめると、浅野はロビーの方へ歩きながら話を続けた。

「新田、どういうことだ?青島があんなプレーをする理由って・・。」

『俺も調べててびっくりしたよ。しかし、どんな理由があっても、あんなプレーは許されないが・・。』

新田は張りのない声で答えた。おそらく青島の分析をしていてほとんど寝ていないのだろう。それでも新田はPCを駆使して、青島のことを調べていたのだ。電話口でPCのキーボードをたたく音が聞こえる。

『やつの出生や家族のことに関して以前資料を送ったろ?あれをさらに調べていたんだが、そこで気になる名前を見つけた。』

「気になる名前?」

『そうだ。その人物とは、スチーブン・アンダーソン。メジャーリーグで活躍した名捕手だ。そのアンダーソンは、青島の叔父にあたる。』

「アンダーソン・・・覚えがある様な・・ないような・・。」

『覚えていないのは無理もない。10年前のプレイヤーだからな。それでも1500本以上のヒットを放った名選手には違いない。青島にとって、アンダーソンはあこがれの自慢の叔父さんだったろう。ところが、ある試合で悲劇が起きた。』

新田は電話口の向こうで大きなため息をついた。

「おい、新田、大丈夫か?少し休んだ方が・・・。」

『ふ・・・心配するな。それより話の続きだ。』

新田はまたキーボードをたたき始めた。そしてしばらくすると、また話し始めた。

『アンダーソンは、ある試合でけがをした。ホームでのその年の最終戦。勝てば優勝という大事な試合だった。相手も優勝を争っていたチーム。どちらも負けられない試合の中、ゲームは1-1のまま、最終回に、事故は起こった。ランナーを3塁において、バッターが外野に大きな当たりを打って、外野フライになった。3塁ランナーはタッチアップし、さらに外野からいいボールが返ってきた。ホーム上では、クロスプレーになった。しかしだ・・。』

新田はここで一息ついて、また話を続ける。

『帰ってきたランナーがアンダーソンと3塁ランナーが交錯し、アンダーソンは激突のショックで倒れこんでしまった。すぐに病院に運ばれたが、神経が傷つき、利き手に麻痺が残ってしまった。懸命にリハビリを続けたが回復が思わしくなかった。そして、アンダーソンは将来を悲観して自殺してしまったんだ。』

「青島の叔父さんが・・。」

『悪いことに、事故が起きた日はアンダーソンの誕生日。家族を球場に呼んでいたんだ。もちろん、青島もな。当時はまだ7歳・・・事故そのものもショックだったろうが、その自殺は相当に堪えただろうな。』

「じゃあ・・青島のあのプレーは・・。」

浅野が声を震わせながら言った。

『ああ。7歳の少年は野球を恨んだだろう。大好きな叔父を奪った野球をな・・。そしてこうも思ったろう。相手をつぶさなければ自分がつぶされる。自分が生きるためには、他人をつぶしても許される・・。』

「・・・しかし・・・。」

『ああ、あんなプレーは許されない。だが、このことを涼風に話せば、涼風は青島に対する恨みよりも、同情が先に立つだろう。そうなったとき、涼風はまともなピッチングができるはずがない。いままで、涼風のことばかり考えていたが、もしお前たちが青島と当たったら、なんとしてでも青島に勝て。それが涼風だけじゃなく、青島をも救うことになる。』

浅野は言葉がなかった。青島にも野球をする上での大きなトラウマがあったのだ。青島もまた、そのトラウマを振り払うために、今のプレースタイルになってしまった・・・。浅野の心にも、青島に対する今までの思いが揺らぎつつあった。

『浅野・・・これは、お前の胸だけにしまっておけ。いいな。』

「ああ、わかってる。必ず成攻法で勝つ。心配するな・・・。新田、お前も少し休め。」

『ああ、そうさせてもらうよ。次の試合、また見に行きたいからな。』

新田はそう言うと電話を切った。

浅野は新田のサポートに本当に感謝していた。新田はおそらく、寝る間も惜しんで青島のことを調べていたに違いない。そして、そのことをまっさきに自分に知らせてくれた。新田の努力に報いるためにも、青島に勝たなくてはならない。そう心に誓っていた。

~つづく~