シーズン中盤を迎えたある日のことだった。

ひとみは誰もいないグランドで、ひとりバックネットに向けて熱心に投球練習をしていた。もう日が西に傾きかけている。ひとみは汗びっしょりで、淡々とボールをネットに向けて投げ続けていた。

練習を始めた時には、かごいっぱいに入っていたボールが、残り3分の1以下まで少なくなっていた。どれくらい投げているのだろう。しかし、ひとみは練習をやめようとはしなかった。いや、むしろ投球数が多くなるごとに、その熱の入れかたが激しくなっているように見える。

「ひとみ・・。」

だれかがひとみの名を呼んだ。ひとみが振り向くと、そこにはダンが心配そうな目つきで、じっとひとみを見つめている。

「ダン・・。」

ひとみは、練習の手を休めて、やさしいまなざしでダンを見つめた。

「熱心に練習してるね。でも、無理はいけないよ。」

「ありがと。だけど、あまり時間がないの。次にマリナーズと戦う前に、新しいボールを完成させないといけないから・・。」

ひとみは額の汗をぬぐいながら答える。

「新しいボール?」

「そう。ジャック打ち取るための球。前みたいなプレーをしたら、二度とマウンドには立たせないって、監督に怒られちゃったから・・・。」

監督は前のマリナーズ戦で、ひとみが自分を犠牲にしようとしたプレーをしたことに対して、ひとみにくぎを刺したようだ。ひとみの体を心配するからこその注意だったが、ひとみはそれでもチームメイトをなんとか守りたいと思っていた。そのためなら、たとえ自分が野球をできなくなっても構わない・・・だから、ひとみは別の方法で青島に立ち向かおうと考えたようだ。

「そう・・・どんなボール?」

ダンは、ひとみの新しいボールに興味を持ったようだ。

「落ちる球。それも、肩口からワンバウンドするような・・・それでいて、鋭く落ちるような・・そんなボール・・。」

「フォークかい?」

ひとみは首を振る。

「フォークは私の手の大きさじゃ無理・・。だから、別の球。だいぶ切れがよくなってるけど、ジャックを空振りさせるには、まだまだ・・。」

「空振り?」

ダンが驚いたように聞き返した。

「そう、空振り。彼、当てるのがうまいから・・。前にボールが飛んだら、また誰かが怪我をするでしょ?だから、空振りさせないといけないの。それなら絶対に、誰も怪我しないで済むから。」

「ひとみ・・・。」

ダンはひとみのチームメイトを思うその気持ちがたまらなかった。ここまで自分たちのことを思っていてくれるひとみ。自分はそんなひとみをただ見ていいのだろうか?いや、そんなことはできない。ダンは、上着を脱ぐと、自分のバックからミットとマスクを取り出した。

「僕が受けるよ、ひとみ。」

「え?だって、ダン。あなた、まだ万全じゃないでしょ?」

ひとみはこんな状況でも、まだダンの体の方を心配している。

「受けるだけなら大丈夫さ。それに、体も慣れさせないといけない。まして、ひとみが新しいボールを投げるなら、いきなりそんなすごい球受けられなかったら困る。」

ダンは小走りでホーム方向へ向かった。ひとみはその姿を目で追う。

「さあこい、ひとみ!」

ダンはパンとミットを叩いてみせる。

『ダン・・・ありがとう。キミは最高のチームメイトだよ。』

ひとみは心の中でダンに感謝していた。彼のためにも、このボールを完成させなくては・・。ひとみは改めて決意を固めた。

ひとみはゆっくりと振りかぶると、ダンをめがけてそのボールを投げ込んだ。放たれたボールは、高めのコースから、その勢いのまま鋭角に縦に割れるような軌道を描くと、ダンの手前でショートバウンドするようにミットに吸い込まれた。

『これは!・・・カーブ!でも、こんなすごいカーブは見たことない!』

しかし、ひとみはそのボールにまだ満足していない様子で言った。

「まだまだでしょ?彼を空振りさせるには、ストレートと変わらないくらいのスピードと切れがないと・・。それに、フォームで分かっちゃったら何にもならないから、チェックしてくれる?」

ひとみは、疲れた表情も見せず言った。


~つづく~