7月。梅雨の間の晴れ間。絶好のコンディションの中で、ひとみ達は初戦を迎えた。

シードからスタートしたひとみのチーム。初陣は2回戦からだ。都内の球場で女性として初のマウンド。誰もが注目する試合だ。

そのスタンドの片隅には、あのテストマッチと同じように新田が座っている。新田の試合は明日の予定。その前にひとみのピッチングを見ておこうというのだろう。じっと投球練習しているひとみのフォームに見入っていた新田のほほに、急に冷たいものがあたった。

新田がはっとして見上げると、晴美が冷えた缶コーラを手に新田の横に立っていた。

「またお前か・・・。」

新田は少々迷惑そうな顔をする。しかし晴美は嬉しそうに新田にコーラを差し出しながら言った。

「はい、どうぞ。今日は熱くなるって言ってましたから、のどかわくでしょ?」

そう言いながら、晴美はちゃっかりと新田の横に腰をかける。新田はだまったまま缶コーラを晴美から受け取ると、プルタブをあける。カン!という音が響く。

「今日は偵察ですか?」

新田はその問には答えようとせず、ぐっと缶コーラをのどに流し込む。ぴりぴりとした感触が新田の喉を刺激する。

「偵察なんてもんじゃないさ。こんなところで涼風に負けてもらっちゃ困るからな。」

「あはは。じゃあ、西応の応援してくれるんですね?」

晴美は嬉しそうに笑う。新田はその晴美をちらりと見ただけで、またコーラを飲む。

「まったく、変な奴だなお前。晴美・・・だったっけ?」

「あ、うれしい。名前覚えててくれたんですね。」

晴美は本当にうれしそうに、胸の前で手を合わせながら言った。そのよろこび方に、新田も少し緊張がほぐれたようだ。

「まあ、いいか・。涼風がこんなところで負けるわけがないが・・・。」

新田はそう言いながら、またグランドに眼をやった。




投球練習が終わり、田島がマウンドのひとみのところに駆け寄った。ひとみは、腰のあたりにてをやりながら、田島がマウンドに来るのを待っていた。田島は、マウンドに上がると、ひとみに声をかけた。

「いよいよだな・・相棒。」

幾分緊張をしている田島の顔。しかし、ひとみの表情はいつもと何ら変わらない。

「そうだね。いよいよだね。」

ひとみのやわらかな表情が、田島の緊張をすこし解きほぐす。田島は、ボールをひとみのグラブの中に放り込みながら言った。

「いつもどおりいこう。相手は都立高校。こっちの方が実力は明らかに上だ。ウオーミングアップのつもりで硬くならないようにな。」

「オッケー。わかってるよ。それよりこの球場狭いから、気をつけないとフライあげられたら入っちゃうかも。低めをついていったほうがよさそうだね。」

ひとみは狭いと言ったが、この球場は都内では平均的な広さだ。いったいひとみはどんな球場でプレーしていたのだろうか。アメリカというところは、そんな大きな球場がいくつもあるのだろうか。
田島はそんなことを思いながら、ゆっくりとマウンドからホームへと向かった。田島がゆっくりと腰を下ろすと審判が手を挙げた。

「プレイ!」

これが高校野球の球史を変える、あらたな歴史の始まりの合図だった。


~つづく~