数日後。

校内では、あっという間にひとみの城谷高校との練習試合のうわさが広まっていた。女性のエース候補、しかも全国でもトップクラスの浅野を押しのけての登板。いやでもうわさは大きくなるばかりだった。

「ひとみ~!今度の試合、応援に行くから頑張ってね!」

晴美はまるで自分のことのようにはしゃぎまわっている。クラスでも、自分が最初の「親友」だとふれ回っていた。

「ありがとう。がんばるね!」

ひとみもまんざらではなさそうだった。

しかし、隣の席に座っている田島は、手放しでは喜べなかった。
対戦相手は去年の準優勝校、新田の率いる城谷だ。簡単に勝てる相手ではない。しかし、ひとみの実力からすれば、いい勝負にはなるはずだ。だが、田島は浅野と同じ危惧を抱いていた。この試合で好投したとしても、そこから先には大きなハードルがあることを田島も分かっていたのだ。
しかし、そのことをひとみに告げることはできなかった。

田島は隣にいるひとみに眼をやった。

晴美と一緒にはしゃいでいるひとみの心に水を差すことは言えない。
それに・・・

田島は、テストを受けた時の日のときのひとみの言葉を思い出していた。


『だって、キミ優しそうだもの。キミの言うこと聞いてたら、なんとなくいいような気がしてね』


田島にとってみれば、初めて女の子からかけてもらったやさしい言葉だった。
最初は破天荒な女の子だと思ったが、改めて考えると今まで会ってきた女の子にはない魅力を感じ始めていた。

「そういえば、田島君も先発するんだって?」

晴美の突然の質問に、田島ははっと我に帰った。

「あ・・・うん・・。」

もっと明るく答えればいいのだが、女性に対しては引っ込み思案な田島は、そっけない言葉しか返せない。しかし、ひとみはそんな田島を見ながら屈託のない笑顔を見せながら続けた。

「そ。だって彼、上手いもの。安心して投げられるし、投げやすいもの。」

ひとみの言葉には一切の嫌みは感じられない。本心で、田島の実力を認めていた。
田島は、テストのときのひとみの言葉をまた、思い出していた。


『もうひとつ監督は見たいもの、あると思うよ。それはね・・キミの肩。盗塁をどう刺すかってことじゃないかな?これって、キミにもチャンスだよ。ひょっとしたら、レギュラー取れるかも』

『昨日の御礼。だって、キミみたいないいキャッチャーが球拾いじゃもったいないじゃない。』


ひとみのあの言葉には正直田島は驚いていた。何もかも見透かしているような、それでいてやさしい言葉。ひとみには自分にもチャンスを与えてくれたことに心から感謝していた。しかし、田島はあれ以来どうしても素直に感謝の気持ちをひとみに伝えられずにいた。明らかに自分の心の中に、いままで持ったことのない特別な感情が芽生え始めていた。

「じゃあ、ついでに田島君も応援してあげよう!」

晴美はおどけた口調で言った。ひとみも晴美に調子を合せるように言った。

「よし!じゃあ頑張らないとね!」

ひとみが軽く田島の左肩を叩いた。

田島は思わず目を伏せる。いつの間にか、耳のあたりがかっと熱くなっていた。田島はそれを隠すように、何度かうなづいたあと、逃げるように教室の外に出ていた。ひとみと晴美は、その後ろ姿をきょとんとした表情で見送った。

田島が教室を後にした直後、少し考えるようなしぐさをしていた晴美がふと何か気がついたように手を叩いた。ひとみが晴美の顔を見上げる。

「そっか・・・・なるほどね・・・。」

勘の鋭さには自信のある晴美が、あらためてひとみの顔を見つめる。ひとみは不思議そうに首をかしげる。そのひとみの耳元にそっと手を添えながら、晴美はこそこそとひとみに言った。

「きっと、田島君はひとみのこと・・・好きなんだよ。」

「え?彼が?」

ひとみが驚いたように言った。晴美はかまわず続ける。

「気がつかない?だって、彼完全にひとみを意識してるよ。」

「そうかなぁ・・。わたし、恋愛ってしたことないからわからないよ。」

ひとみは髪の毛をいじりながら、ちょっと困ったように言った。

「だめねぇ。恋愛に関しては私の方が上みたいね。間違いないってば。」

「そうかなぁ・・・・。」

ひとみは少し考えてから、ふっと思いついたように立ち上がった。

「それじゃ・・・確かめてみる。部活の前に!」

「は?」

今度は晴美の方がきょとんとしている。

「だって、聞いてみないとわからないじゃない?今日、彼に聞いてみる。」

「ちょ・・・ちょっと、ひとみ!」

ちょっと冷やかしのつもりで言ったつもりが、ひとみのほうは本気にしてしまったようだ。晴美はあわてて止めようとしたが、もう遅かった。ひとみは、田島の気持ちを確かめようと心にきめてしまったようだった。

~つづく~