田島はひとみに近づくと、ミットで口のあたりを隠しながら言った。

「あのさ、涼風・・・。監督も今のピッチングで涼風の力に興味を持ったみたいだよ。・・で、内野を守備につけて、足の速い速水さんをランナーにしたってことは・・・監督は涼風のセットポジションと牽制球を見たいんだと思うんだ。だから、セットポジションでの制球力と、球威、それに牽制がよければ、合格をつけるんじゃないかな・・。」

ひとみは、少し目線を落としながら答える。

「そうね・・。私もそう思うけど、もうひとつ監督は見たいもの、あると思うよ。」

そう言って、ひとみは視線を田島と合わせる。そして、ひとみは田島の右肩のあたりをグラブでぽんぽんと叩きながら続けた。

「それはね・・キミの肩。盗塁をどう刺すかってことじゃないかな?これって、キミにもチャンスだよ。ひょっとしたら、レギュラー取れるかも。」

ひとみはそう言って田島に笑いかける。

「涼風・・おまえ・・・。」

田島が何か言いかけたとこで、遮るようにひとみは言葉を続ける。

「昨日の御礼。だって、キミみたいないいキャッチャーが球拾いじゃもったいないじゃない。」

ひとみはどうやら田島にもチャンスを与えたくて、今回のキャッチャーとして指名したらしい。ひとみは昨日のキャッチボールで、田島には十分レギュラーを取れる実力があると思ったのだ。

「さ、始めよう!」

ひとみは田島のおなかのあたりをぽんと叩いた。田島はそれに促されるようにホームへ戻る。

「何を話してたんだ?」

右打席に立っている浅野の問いに、田島は小さな声で答えた。

「いえ・・サインの確認です。」

田島はぐっとマスクをかぶりなおした。

ひとみはゆっくりとセットポジションに入る。肩越しにランナーの位置を確かめるように首を二度三度と動かす。
一方の速水は先ほど三振に取られた悔しさからだろう、走る気満々だ。そうはさせまいと、ひとみはふわりと一球牽制をはさむ。難なく一塁に戻る速水。

「へ!牽制はそれほど得意じゃないのかな?」

速水がひとみの闘争心をあおるように声を出す。ひとみはそれを無視するようにファーストからボールを受け取る。そしてまたゆっくりとセットポジションに移る。速水は一歩二歩とリードをとる。

やがてひとみの足がゆっくりと上がった。それを見た速水がスタートに備えて右足に重心を移したその時だ。くるりとひとみは一塁方向に体を回して、スナップを利かせた牽制球をファーストに送る。速水は逆をつかれてあわてて一塁に戻ろうとするが、すでにファーストが牽制球を受けて待ち構えていたように、速水の手にタッチをする。速水がおずおずと顔をあげて、一塁手を見上げた。

「アウト・・・だな?」

先ほどの田島と同じような言葉。速水は頭に血が上る思いで、ゆっくりと立ち上がった。今のは油断しただけだ・・・まぐれに決まってる。そう自分に言い聞かせた。
田島はその様子を見て、思った。次は走っては来ない・・。また、牽制にやられることを考えて、今度は様子を見るはずだ・・・それなら・・・。田島はひとみにサインを送る。ひとみが口元に笑みを浮かべながらうなづく。

再びひとみがセットポジションに入った。今度は慎重にベースを離れる速水。ひとみはこんどはホーム方向に足を踏み出し、ホームに向ってボールを投げる。田島の予想通り、速水は走ってこない。そして、ひとみの投げたボールは外角高めへのボール球。田島は立ち上がってそのボールを受け取ると、間髪入れずにファーストへ牽制球を送る。矢のような送球はファーストにストライクで渡った。速水は今度は動くこともできずにファーストにタッチされる。速水は呆然と立ち尽くした。

「なんなんだよ・・・こいつら・・。」

速水はすっかり混乱している。こんな急造バッテリー・・・しかも一年生に自分が翻弄されているのが信じられなかった。

「ちっくしょう!」

速水はすっかり頭に血が上っていた。次こそは走ってやる・・それしか速水の頭にはなかった。

田島はそんな速水の心中を分かっているかのように、サインを出す。ひとみもうなづく。
ひとみがセットポジションから、投球動作に入ると、速水はまっしぐらにスタートを切った。ひとみがクイックモーションでボールを投げる。やはり外角のボール球。ひとみはすっとマウンド上にしゃがみ込んで、田島が二塁に送球しやすいように体勢を低くする。田島はボールを受け取ると、また二塁に矢のような送球を送った。

ボールはひとみの背中をかすめるように通り過ぎ、二塁カバーに入ったショートにストライクで送られる。そして、ショートが待ち構えて速水の足にタッチする。完全なアウトだった。速水はあまりのことに信じられずその場にへたり込んでしまった。

「ようし!そこまでだ!」

小野田が手をパンパンとたたいて全員に声をかけた。

~つづく~