このお話を書くにあたって、その舞台の大半を「カルバドス」というショットバーにしたのは理由があります。

ひとつは私が大のスコッチファンだからということ。

もうひとつは、そこが不特定多数の人々が、日々の生活から逃れ、本当の自分を出せる場であること。

お酒はある意味潤滑油で、そこでは普段聞くことができない多くの本音が買わされる場所です。それを、やさしく見守りながら、癒してくれるのがバーテンダーの方々です。わたしも、よくお世話になっています。

いまや、「協調性」の時代から「個人主義」に若者の思考が変わってきています。わたしたちの世代は、お酒の席といえば「とりあえずビール」世代ですが、今の若者は、それぞれが好きなものを好きなように注文していきます。自分の好きなものを好きなように飲む。それ自体を否定するわけではないですが、社会に出て組織に入れば、身勝手は許されません。それでも、やはり今の若者は自分のペースを守ろうとするようです。まあ、こんなことを話すようになったということは、私も年を取ったのでしょう。

ただ、人間というのは多くの人間と交わり、つきあっていくことで、多くを学んで成長していくもの。ちょっとした出会いが、その人の可能性を大きく引き出すこともあるのです。多くの人と話し、とりわけ意見の違う人とは、徹底的に議論していいのです。それを拒絶して人としての成長はありません。

カルバドスでも多くの価値観が違う人間が、矢島という人間に影響を与えて、彼に彼なりの正しい判断をさせたように、人は一人では生きていけないのです。

他人との付き合いは、時として面倒なこともありますが、それでもそれはある意味修行と思って、いろいろな人の意見を聞き、そして自分を高めていくことができるなら、それもよしとされるべきでしょう。

そんな、人と人とのつながりを、私はこの小説に描こうと思いました。

たまには気の会う仲間同士でも、上司とでも、お酒という潤滑油を使いながら、取り止めのない話で盛り上がってもいいのではないでしょうか?