「続・君との約束~約束から誓いへ~」のお話は、かなりの部分が創作ですが、それでも実話に基づいた話がいくつか盛り込まれています。

そのうちの一つ。
京子が自分の幼少時からの体験を話す場面がありますが、あの体験には実はモデルが居ます。それは私のおかみさんの体験です。

半分くらいは創作を加えていますが、京子が同級生から「おまえらは俺たちが食わせてやっている」などの心無い「いじめ」を受けたりしたことは、実際におかみさんが経験したいじめです。こんなことは、本人のせいでもなんでもないのですが、そんなことがいじめの原因になってしまうのです。本人いわく、「なぜそんなこと言われなきゃならないの?」と言い返していたそうですが、ちょっと引っ込み思案の人なら、すぐに落ち込んでしまうはずです。

子供という時代は、以外に残酷なことを平気でやる時代でもあります。
今考えると、残酷だと思えても、そのときは単なる遊びでしかないこともたくさんあると思います。

私が大学時代、教職課程をやっていたころ、中学生を相手に教育実習をやりました。そのときにも、担当の教諭から言われたことをふと思い出します。それは、花の解剖をやったときです。花の構造を学ぶために、ゆりやアヤメを解剖してばらばらにするのですが、解剖を終えたあとの花の処分をしなくてはいけないのですが、そのときに担当の教諭が私に言った言葉・・。

「子供というのは、意外と残酷なことも平気でやる。解剖するのはたかが花だけれど、その花にもちゃんと命があることを教えなければならない。だから、授業が終わった後は、きちんと花を回収して『あとで、先生たちがきちんと埋めて埋葬します』と子供たちに言ってあげてください。」

今にして思うと、この言葉の重みが私の心の中にしっかりと残っているのに気が付きます。
こうしたちょっとした言葉で、子供たちに命の重さを理解させることも大人としての仕事だと、思われてしかたありません。どんな命でも大切にしようとする心を育むために、私たちはそれを子供たちに伝える義務があると思います。そんな心を持っていれば、きっといじめのような残酷な「遊び」は決してしなくなるでしょう。

みなさんはどう思われますか?