「話はこれで終わりだ。」

ショットバーのカウンターの一番奥で腰をかけている中年の男性が、持っていたショットグラスを静かにカウンターに置きながら言った。年のころは40台半ばというところだろうか。白髪が少し混じった髪の毛で、中肉中背のスーツを着こなした男性だ。その隣には、二十歳そこそこのかわいらしい女性が腰をかけている。やや短めにカットした髪にほんの少しカールをかけた髪形で、色白の美人である。
カウンターの中には、白髪で口ひげを蓄えたマスターが丁寧にワイングラスを磨いている。
若い女性が一つ大きなため息をつくと、重そうに口を開いた。

「そっかぁ・・・そうだったんだぁ。おとうさんとおかあさんの馴れ初め、お母さんに聞いても何も教えてくれないから・・・照れくさかったのかな?」

どうやら、女性は中年男性の娘らしい。

「でも、聞けてよかった。おとうさんとおかあさんが、私が生まれたときどんな気持ちで私をむかえてくれたのか、よくわかったから・・。」

「そうか、それなら良かった。」

中年の男性は少しほっとしたように、また酒に口をつける。

「マスターともあれ以来の付き合いだからなぁ。もう30年近くたってしまった・・。」

マスターがやさしい笑みを浮かべながら、ややしわがれた声で答える。

「そうですね。矢島さんはあの頃はまだお嬢さんと同じくらいのお年でしたからね。私も、もう古希をすぎてしまいましたね。もう、いつお迎えが来るか分かりません。」

「マスター、寂しいこと言わないでくれよ。ここはずっと続けてもらわないと困る。あのときの思い出がすべて詰まっている場所なんだから・・・。」

矢島と呼ばれた中年男性が、少し寂しそうに言った。

「ねえ、おとうさん。そのあと、おとうさんのお友達はどうしたの?」

娘の問いに、矢島は思い出すように上に目を向けながら、話した。

「そうだなぁ。早瀬は大学を卒業してから外資系の企業に就職して、語学力を生かして5年くらいニューヨークに赴任したんだ。で、日本に戻ってからすぐに由加利と結婚して、今は3人の子供も居る。葵は、あのあとプロ野球選手として活躍して、今はプロ野球チームのバッテリーコーチをやってるよ。阿南は、リハビリの甲斐もあって、翌年の全日本選手権で優勝して、オリンピックにも出場したなぁ。金メダルは取れなかったが、銀メダルをもってかえってきたよ。氷室さんは、アメリカで勉強してから日本に戻って、彼女の希望通り一流のデザイナーとしてがんばってる。たしか、アメリカで知り合った外国人と結婚したとか聞いたな。」

「へえ、おとうさんのお友達はみんなすごいなぁ。それに比べて、おとうさんは普通の会社の、普通の課長さんだものね。ちょっとかっこ悪いかも・・。」

矢島は「こら!」といいながら娘の頭をこづいた。娘は思わず首をすくめる。

「あはは、冗談だってばぁ。」

屈託のない笑みを浮かべながら、矢島の娘は大きな声で笑い出す。矢島もそんな娘を見て、思わず笑みがこぼれる。

矢島は自分の腕時計に目をやった。もう少しで11時になろうとしている。矢島が娘に声をかける。

「あまり遅くなると、お母さんが心配するな。そろそろ行くか?」

「うん。」

自分の娘がうなづいたのを確認すると、矢島は手短に会計を済ませた。
「またお待ちしてます」というマスターの言葉に、矢島は何度か頷いて答えた。そしてゆっくりと自分の娘に向き直ると言った。

「それじゃ、行こうか・・・『まひる』。」




=了=