京子の事故から1月もたたない10月の末のことだ。

由加利はいつものようにカルバドスの開店準備に追われていた。そのとき、誰かが店のドアを開けた。ちりんというベルの音。

「あ、すいません。まだ準備中・・・。」

そう言いかけて、由加利は口をつぐんだ。入り口に立っていたのは、あの礼子だったからだ。

「心配しないで。今日はすぐに帰るから。ちょっとお願いがあって来たの。」

礼子はいつもどおりの冷たい視線を由加利に向けながら、ゆっくりとカウンターに近づいてきた。由加利の心に不安がつのる。今度は何をしにきたのだろう・・・。

「これ、早瀬君に渡してくれる?」

礼子は白い封筒をショルダーバックから取り出すと、由加利に差し出した。由加利はその封筒にちらりと目をやると、不審そうな目で礼子の顔を見つめた。

「渡してもらえばわかるわ。早瀬君が来たときに渡してくれればいいから・・・。それとも、早瀬君が着たら、私に連絡もらえるのかしら?私はどちらでもかまわないけど・・・。」

「わかりました。渡せばいいんですね?」

由加利は恐る恐る手を伸ばし、封筒を受け取った。礼子は口元に笑みを浮かべた。

「心配なら、中を見てもかまわないわよ。私は見られて困るようなものは入れてないし、封もしてないから。それじゃ、よろしくね。」

礼子はそれだけ言うと、そそくさと店を後にした。ちりんとまたベルが鳴る。
礼子は店を出ると、一度店の入り口をふりかえって、嫌な笑みを浮かべた。

そんな礼子の後姿を見送った由加利は、しばらく渡された封筒に目をやっていた。果たして中を見ていいものだろうか・・・・礼子は見てもかまわないと言っていた。それは、『見てもいい』のではなく『見ろ』ということではないだろうか?それが、礼子の罠のように思えて仕方なかったが、由加利は中身を確かめたい衝動に勝てず、ゆっくりと封筒を開けた。

中から出てきたのは、航空チケットだった。それも国際線のチケット・・行き先はロサンゼルスとある。アメリカ・・・そうだ、矢島から聞いた礼子と早瀬が二人であっていたときに、礼子は早瀬を一緒にアメリカに行こうと誘っていたのだ。矢島からは礼子には早瀬がはっきり断ったと言っていたが、本当のところは早瀬から直接何も聞いていない。由加利は自分の心臓の鼓動が、だんだん早くなるのを感じた。もしかして、早瀬は・・・・ほんとうはアメリカに行く約束を礼子としたのではないか・・。でなければ、こんなチケットを持ってくるはずがない。由加利の心は激しく揺れ動いていた。


=つづく=