礼子の騒動から3ヶ月が過ぎようとしていた。
早瀬と由加利の仲も、矢島の仲介のおかげで、ほとんど修復していた。季節も夏から秋の香りがずいぶんするようになっていた。

そんなある日、早瀬はカルバドスに足を運んでいた。いつもどおり、カウンターには金子がうつらうつらしながら座っている。

「いらっしゃい。」

由加利が明るい声で早瀬を迎えた。もう、礼子との一件があったころのギクシャクした感じはなくなっていた。早瀬も手を挙げて返事をすると、カウンターに腰を下ろす。由加利が手際よくコースターを差し出す。
早瀬は、矢島の指定席に目をやった。今日は矢島は来ていないようだ。

「矢島は?今日はまだ顔を見せてないのか?」

「今日は京子ちゃんとハイキングにお出かけしてるみたいよ。さっき、京子ちゃんからメールがあったけど、今日は来ないんじゃないかな。」

由加利が答えた。早瀬が少し考えながら、独り言のようにつぶやく。

「ハイキングか・・。」

「どうかしたの?」

由加利が首をかしげた。

「確か・・・矢島と京子ちゃんの最初のデート、動物園って言ってたよな。」

「そうだった・・わよね?」

「まひると同じだ・・・。」

「え?」

由加利が聞き返す。早瀬は、5年前のあのときを思い出していた。

「まひるのときも、最初のデートは動物園だった。二度目は・・やっぱりハイキングだった。あいつ、次のデートはディズニーシーなんていうんじゃないだろうな・・・。」

「あ・・・。」

由加利が思わず口に手を当てた。

「あいつ、京子ちゃんとまひるをすっかり重ねてしまってるんじゃないか?京子ちゃんとまひるを重ねて、もう一度同じ道を歩きなおそうとしてるのかも・・。本人は自覚してないかもしれないが・・。」

確かにそうだ。矢島は京子にまひるの面影を重ねている。カラオケに行ったときも、思わず「まひる」と口走っていた。由加利が視線を落とす。

「矢島君、まだまひるとのこと・・・忘れられないんだね。忘れたくても、忘れられないのは私も同じだけど・・・でも、いまのままじゃ矢島君も京子ちゃんも苦しんじゃう・・・。」

「そうだな・・・でも、俺たちに何かできるのか?」

「何かって・・・そんなこと言われても・・」

由加利は困ったようにうつむく。

そのとき、カルバドスのドアが開いた。入ってきたのは矢島だった。

「うわさをすればだな・・・。」

早瀬がつぶやく。

「あれ?京子ちゃんは?」

由加利の問いに矢島が答える。

「さっき、送ってきたところだよ。今日一日歩いたから、疲れちゃったみたいで・・。」

矢島が指定席に腰を下ろした。
早瀬がすぐに矢島に向かって聞いた。

「矢島・・今日ハイキングだったんだってな・・・。お前、自分で自覚してるのか?おまえ、京子ちゃんとまひるを重ねてデートしてるんじゃないか?」

早瀬らしい、直球の質問だった。矢島は言葉を飲み込む。しかし、すぐに口を開く。

「だったら・・どうなんだよ。」

矢島が視線を早瀬からはずす。どこか遠くを見つめるような目で、宙を見ている。

「それって、京子ちゃんにとってはいいことか?京子ちゃんはまひるじゃない。お前は京子ちゃんが好きなのか?それとも、まひるの身代わりか?」

早瀬の言葉に、矢島の心は揺れた。
確かに自分はまひると京子を重ねてしまっている。でも、それはまひるに対する思いがあまりにも強いだけだ。あんな事故があって、自分がまひるを忘れてしまうことができようはずがない。思わず、京子にまひるの面影を探してしまうのも、無理ないことだ。自分は悪くない・・。矢島は自分に言い聞かせる。
そして、早瀬のほうを向き直ると言った。

「おまえこそ・・・早瀬こそ・・・俺との約束は、どうしたんだよ?」

早瀬の表情が一瞬硬くなった。

=つづく=