その日の夜遅く、矢島は早瀬を呼び出していた。もちろん京子からの連絡を受けてのことだ。早瀬に事の次第を確かめなくてはならない・・・そう思っていた。
「こんな時間に何の用だ?電話でも済む話じゃないのか?」
夜にいきなり矢島に呼び出され、早瀬は少々不機嫌そうに言った。
「直接話を聞きたいから・・。昨日、様子がおかしかったからね。」
「昨日?」
早瀬は一瞬たじろいだように矢島には映った。やはり、礼子との間で何か特別な話があったようだと、矢島は思った。すかさず、矢島が続けた。
「昨日の夕方、氷室さんと会ってたでしょ?都内のカフェで・・・。」
「・・・なんでそれを・・・。」
「由加利が見てたんだよ。氷室さんと会っているところを・・。」
早瀬の顔色が変わる。矢島はじっと早瀬の表情を伺いながら続ける。
「何の話だったの?聞かれて困るような話じゃなければ、教えてほしいんだ。」
「そうか・・・見られてたのか。うかつだったな。」
早瀬はポケットからタバコを取り出し、火をつけた。夜の闇でオレンジ色の炎が浮かび上がる。
「礼子は今年中にアメリカに行くんだそうだ。デザインの勉強をするって言ってたよ。俺としてはせいせいするんだけどな。ところが礼子のやつ、俺に一緒に来ないかと言いやがった。」
早瀬はふーっと白い煙を吐き出した。
「それで・・・なんて答えたのさ。」
「・・・行くなんていうと思うか?もちろん断ったよ。あいつの世話になって留学なんかしたくないからな。」
矢島はその答えを聞いてほっとした反面、早瀬の由加利に対する態度そのものには不満が残った。何もなかったなら、なぜ昨日そう言わなかったのか。矢島は早瀬を諭すように言った。
「早瀬・・・そのこと、由加利に話してやれよ。由加利、氷室さんとの間で何があったのか心配で仕方ないんだ。ちゃんと話せば由加利も安心するよ。」
「話せばまた余計な心配をするだろう。お前が話すのなら、俺は構わない。お前の気が済むなら話してやってくれ。」
「早瀬・・・それは、早瀬が言うべきだろ?早瀬は由加利のこと、好きじゃないの?大事な恋人じゃないの?」
矢島は早瀬を責めるように言った。しかし早瀬は何も答えず、矢島に背を向けた。
「早瀬!」
「矢島、それ以上言うな。これは俺と由加利の問題だ。余計な口を出すな・・。」
「早瀬!由加利が早瀬のこと好きなのはわかってるだろ!早瀬がちゃんと話して、由加利に早瀬の気持ちを伝えれば・・・・!」
「いまさら何を言えって言うんだ!好きだって言えっていうのか?俺と由加利はもう5年も付き合ってるんだ。何をいまさら・・・。」
「でも、由加利はそれを望んでる。なぜ言ってやれないの?」
早瀬は吸っていたタバコを地面にたたきつけると、自分の足で踏み潰すように火を消して、矢島のほうに向き直った。
「じゃあお前はどうだ?まひるとのときも、お前は自分の気持ちにはとっくに気がついていたはずだ。思いは伝えたのか?京子ちゃんだってそうだ・・・今、お前は彼女の気持ちも知っているし、自分の気持ちが彼女に惹かれてることもわかってるはずだ!なぜ言わない?・・・・同じことだ、俺もお前も。」
矢島はぐっと言葉を飲み込んだ。確かに自分は京子に惹かれつつある・・それは確かだ。でもそれは、まひるに対する思いが消えないから悩んでいるだけだ・・・早瀬とは違う。そう、自分に言い聞かせた。
「早瀬・・・同じじゃないよ、俺と早瀬は・・・!」
「同じだ!」
早瀬はきっぱりと言い放った。矢島は自分より背の高い早瀬を下から見上げるように睨み付けると、早瀬の襟首を掴んで怒鳴った。
「早瀬!由加利の気持ちを何で考えてやれないんだ!なんでそんなに冷たいんだ!はっきり言えばそれですべて収まるのに、お前はなんで・・・なんでだ!」
矢島は早瀬の体を何度もゆすった。早瀬は抵抗もせずに、ただじっと矢島を見ている。そして矢島の言葉を聴き終わると、落ち着いた静かな口調で言った。
「・・・すまん・・・余計な心配させて。お前の言うことは筋が通ってる・・。でもな、俺は俺の性分をすぐには変えられない・・・。由加利にはお前から話してやってくれないか・・・昨日のこと。」
早瀬は矢島の気持ちは十分理解していた。しかし、矢島の言うように素直に「好きだ」と言えない自分がいた。いまさらそんな言葉は、言えなかった。礼子とのことがあればなおさら言葉になどできなかった。早瀬自身、それがなぜだかわからない。でも、言えなかったのだ。
矢島はすっと自分の手を、早瀬の襟首から放した。そして、一呼吸おいてから矢島の腕が動いた。
ガシッ!
次の瞬間、矢島は早瀬のほほの辺りを思い切り殴りつけた。早瀬はその一撃をよけようともせず、ただ黙って受けた。早瀬の唇に血が滲み出す。
「すまん・・・。親友のお前に嫌な思いをさせて・・・。」
「早瀬・・・しっかりしてくれよ・・。俺の知ってる早瀬は、もっと強くてたくましいやつだよ。・・・今は無理でも仕方ないけど・・・いつか、本当の気持ちを・・・正直な気持ちを由加利に伝えてやってくれよ・・・。約束だ。」
早瀬は唇の血を袖でぬぐうと、矢島の目を見て、小さい声だがはっきりと言った。
「わかった、約束する。」
早瀬は自分たちのことをここまで気にかけてくれる矢島に、心の底から感謝していた。そして、やはり矢島と親友でよかったと思っていた。この自分の相棒のような親友を、決して裏切るわけには行かない・・そう思った。
=つづく=
「こんな時間に何の用だ?電話でも済む話じゃないのか?」
夜にいきなり矢島に呼び出され、早瀬は少々不機嫌そうに言った。
「直接話を聞きたいから・・。昨日、様子がおかしかったからね。」
「昨日?」
早瀬は一瞬たじろいだように矢島には映った。やはり、礼子との間で何か特別な話があったようだと、矢島は思った。すかさず、矢島が続けた。
「昨日の夕方、氷室さんと会ってたでしょ?都内のカフェで・・・。」
「・・・なんでそれを・・・。」
「由加利が見てたんだよ。氷室さんと会っているところを・・。」
早瀬の顔色が変わる。矢島はじっと早瀬の表情を伺いながら続ける。
「何の話だったの?聞かれて困るような話じゃなければ、教えてほしいんだ。」
「そうか・・・見られてたのか。うかつだったな。」
早瀬はポケットからタバコを取り出し、火をつけた。夜の闇でオレンジ色の炎が浮かび上がる。
「礼子は今年中にアメリカに行くんだそうだ。デザインの勉強をするって言ってたよ。俺としてはせいせいするんだけどな。ところが礼子のやつ、俺に一緒に来ないかと言いやがった。」
早瀬はふーっと白い煙を吐き出した。
「それで・・・なんて答えたのさ。」
「・・・行くなんていうと思うか?もちろん断ったよ。あいつの世話になって留学なんかしたくないからな。」
矢島はその答えを聞いてほっとした反面、早瀬の由加利に対する態度そのものには不満が残った。何もなかったなら、なぜ昨日そう言わなかったのか。矢島は早瀬を諭すように言った。
「早瀬・・・そのこと、由加利に話してやれよ。由加利、氷室さんとの間で何があったのか心配で仕方ないんだ。ちゃんと話せば由加利も安心するよ。」
「話せばまた余計な心配をするだろう。お前が話すのなら、俺は構わない。お前の気が済むなら話してやってくれ。」
「早瀬・・・それは、早瀬が言うべきだろ?早瀬は由加利のこと、好きじゃないの?大事な恋人じゃないの?」
矢島は早瀬を責めるように言った。しかし早瀬は何も答えず、矢島に背を向けた。
「早瀬!」
「矢島、それ以上言うな。これは俺と由加利の問題だ。余計な口を出すな・・。」
「早瀬!由加利が早瀬のこと好きなのはわかってるだろ!早瀬がちゃんと話して、由加利に早瀬の気持ちを伝えれば・・・・!」
「いまさら何を言えって言うんだ!好きだって言えっていうのか?俺と由加利はもう5年も付き合ってるんだ。何をいまさら・・・。」
「でも、由加利はそれを望んでる。なぜ言ってやれないの?」
早瀬は吸っていたタバコを地面にたたきつけると、自分の足で踏み潰すように火を消して、矢島のほうに向き直った。
「じゃあお前はどうだ?まひるとのときも、お前は自分の気持ちにはとっくに気がついていたはずだ。思いは伝えたのか?京子ちゃんだってそうだ・・・今、お前は彼女の気持ちも知っているし、自分の気持ちが彼女に惹かれてることもわかってるはずだ!なぜ言わない?・・・・同じことだ、俺もお前も。」
矢島はぐっと言葉を飲み込んだ。確かに自分は京子に惹かれつつある・・それは確かだ。でもそれは、まひるに対する思いが消えないから悩んでいるだけだ・・・早瀬とは違う。そう、自分に言い聞かせた。
「早瀬・・・同じじゃないよ、俺と早瀬は・・・!」
「同じだ!」
早瀬はきっぱりと言い放った。矢島は自分より背の高い早瀬を下から見上げるように睨み付けると、早瀬の襟首を掴んで怒鳴った。
「早瀬!由加利の気持ちを何で考えてやれないんだ!なんでそんなに冷たいんだ!はっきり言えばそれですべて収まるのに、お前はなんで・・・なんでだ!」
矢島は早瀬の体を何度もゆすった。早瀬は抵抗もせずに、ただじっと矢島を見ている。そして矢島の言葉を聴き終わると、落ち着いた静かな口調で言った。
「・・・すまん・・・余計な心配させて。お前の言うことは筋が通ってる・・。でもな、俺は俺の性分をすぐには変えられない・・・。由加利にはお前から話してやってくれないか・・・昨日のこと。」
早瀬は矢島の気持ちは十分理解していた。しかし、矢島の言うように素直に「好きだ」と言えない自分がいた。いまさらそんな言葉は、言えなかった。礼子とのことがあればなおさら言葉になどできなかった。早瀬自身、それがなぜだかわからない。でも、言えなかったのだ。
矢島はすっと自分の手を、早瀬の襟首から放した。そして、一呼吸おいてから矢島の腕が動いた。
ガシッ!
次の瞬間、矢島は早瀬のほほの辺りを思い切り殴りつけた。早瀬はその一撃をよけようともせず、ただ黙って受けた。早瀬の唇に血が滲み出す。
「すまん・・・。親友のお前に嫌な思いをさせて・・・。」
「早瀬・・・しっかりしてくれよ・・。俺の知ってる早瀬は、もっと強くてたくましいやつだよ。・・・今は無理でも仕方ないけど・・・いつか、本当の気持ちを・・・正直な気持ちを由加利に伝えてやってくれよ・・・。約束だ。」
早瀬は唇の血を袖でぬぐうと、矢島の目を見て、小さい声だがはっきりと言った。
「わかった、約束する。」
早瀬は自分たちのことをここまで気にかけてくれる矢島に、心の底から感謝していた。そして、やはり矢島と親友でよかったと思っていた。この自分の相棒のような親友を、決して裏切るわけには行かない・・そう思った。
=つづく=