礼子とのいざこざから数日が経過したある日のことだった。
矢島が自宅で新聞を広げ、スポーツ面を見ていたとき、ある記事に目がとまった。
『次期日本のホープ重症』
矢島がその記事に目がとまったのは、そこに書かれているホープの名前だった。
「阿南剛・・・これって、あの阿南じゃないか・・・。」
矢島はクラス会で殴り飛ばした、あの阿南のことを思い出していた。さらに記事を読み進むと、こう書いてあった。
『阿南選手は前回の学生選手権でオール一本勝ちを納めた有望選手。次の全日本選手権への出場も決まっていたが、昨日の練習中に左ひざを痛めた。病院で検査したところ、左ひざ靭帯を断裂していることが判明。復帰には少なくとも3ヶ月はかかる見込みで、全日本選手権出場は、ほぼ絶望となった。阿南選手は、現在都内の病院で治療とリハビリに専念することになりそうだ。』
あれほどクラス会では喜んでいた阿南。おそらく、相当落ち込んでいることだろう。阿南の性格からすれば、相当荒れていることも考えられる。矢島は阿南の容態が気にかかってならなかった。
そういえば、今日はバイトは休みになっている。矢島は阿南を見舞うことを決めた。矢島はすぐに家の電話を取った。
阿南の入院している病院は、阿南の通う大学のすぐ近くにあった。矢島は手に果物の入ったバスケットを持ち、病院内に入った。花などを持っていくよりは、少しでも体力回復に役立ちそうな果物を矢島は見舞いの品に選んだのだ。
ナースセンターに立ち寄り、阿南の病室の場所を聞くと、一番奥の病室へ矢島は向かった。どうやら個室らしい。部屋の前には阿南の名前だけが、プレートに書かれている。
矢島は静かに病室のドアを開けた。
「阿南・・・。」
矢島が声をかける。すると奥のベットから、一人の人物が起き上がった。阿南だった。足はしっかりとギブスで固定されていて、痛々しい。
阿南は見舞いに来た矢島を睨むように見つめて言った。
「矢島か・・・・俺を笑いに来たのか?」
クラス会の時のような、豪快さは阿南の語気にはなかった。矢島がゆっくりと近づきながら、自分の持っているバスケットを前に差し出しながら言った。
「見舞いだよ。落ち込んでるんじゃないかと思って・・これ、ここに置いておくから、後で食べてよ。」
矢島は静かに阿南のベット脇の小さなテーブルに、バスケットを置いた。阿南はそれを見て、矢島から目をそらす。
「てめえに、俺の気持ちなんかわかるかよ。笑いたきゃ、笑えよ。俺のことざまあみろって思ってるんだろ。」
「そんなことないよ。阿南の気持ちはよく分かるよ。早く元気になって、また来年頑張ればいいじゃない。」
矢島は精一杯阿南を励ましたつもりだったが、逆にその言葉が阿南の気持ちを逆なでしたらしい。
「俺の気持ちがわかるだと!馬鹿なこと言うんじゃねえ!てめえなんかに、俺の気持ちがわかってたまるか!俺は今度の選手権にかけてたんだ!それがこんな怪我で、そのチャンスが逃げちまったんだ!」
阿南はものすごい形相でどなりちらした。そして、ベットの脇に立っている矢島の襟首をつかんだ。
「・・・わかるよ・・・でも、怪我を治せばまた挑戦できるよ・・・。」
「うるせえ!」
阿南は矢島を突き飛ばし、矢島が持ってきたフルーツの入ったバスケットを床にたたきつけた。倒れた矢島の目の前に、ころころとりんごが転がってくる。
矢島は何も言わず起き上がると、転がっているフルーツを拾い始めた。その間も阿南は刺すような視線で、矢島を睨みつけている。矢島はフルーツを拾い集めながら、落ち着いた口調で言った。
「阿南・・・何かを失ったときの気持ちはよくわかるよ。でも、阿南の怪我は、治療してリハビリすればまた治る。治ればまた、柔道もできる。また、チャンスがあるんだよ。だから、絶望する必要はないんだ・・・。でも・・・でも、取り返しができないものを失うときもあるんだよ。・・・阿南は、まだチャンスがあるじゃない。」
矢島はフルーツを拾い終わると、また小さなテーブルにそれを置いた。
「見舞いに来て、かえって悪いことしちゃったかな?早く良くなって、また日本チャンピオン目指してよ。」
それだけ言うと矢島は阿南に背を向け、ゆっくりと部屋の出口へ向かった。
=つづく=
矢島が自宅で新聞を広げ、スポーツ面を見ていたとき、ある記事に目がとまった。
『次期日本のホープ重症』
矢島がその記事に目がとまったのは、そこに書かれているホープの名前だった。
「阿南剛・・・これって、あの阿南じゃないか・・・。」
矢島はクラス会で殴り飛ばした、あの阿南のことを思い出していた。さらに記事を読み進むと、こう書いてあった。
『阿南選手は前回の学生選手権でオール一本勝ちを納めた有望選手。次の全日本選手権への出場も決まっていたが、昨日の練習中に左ひざを痛めた。病院で検査したところ、左ひざ靭帯を断裂していることが判明。復帰には少なくとも3ヶ月はかかる見込みで、全日本選手権出場は、ほぼ絶望となった。阿南選手は、現在都内の病院で治療とリハビリに専念することになりそうだ。』
あれほどクラス会では喜んでいた阿南。おそらく、相当落ち込んでいることだろう。阿南の性格からすれば、相当荒れていることも考えられる。矢島は阿南の容態が気にかかってならなかった。
そういえば、今日はバイトは休みになっている。矢島は阿南を見舞うことを決めた。矢島はすぐに家の電話を取った。
阿南の入院している病院は、阿南の通う大学のすぐ近くにあった。矢島は手に果物の入ったバスケットを持ち、病院内に入った。花などを持っていくよりは、少しでも体力回復に役立ちそうな果物を矢島は見舞いの品に選んだのだ。
ナースセンターに立ち寄り、阿南の病室の場所を聞くと、一番奥の病室へ矢島は向かった。どうやら個室らしい。部屋の前には阿南の名前だけが、プレートに書かれている。
矢島は静かに病室のドアを開けた。
「阿南・・・。」
矢島が声をかける。すると奥のベットから、一人の人物が起き上がった。阿南だった。足はしっかりとギブスで固定されていて、痛々しい。
阿南は見舞いに来た矢島を睨むように見つめて言った。
「矢島か・・・・俺を笑いに来たのか?」
クラス会の時のような、豪快さは阿南の語気にはなかった。矢島がゆっくりと近づきながら、自分の持っているバスケットを前に差し出しながら言った。
「見舞いだよ。落ち込んでるんじゃないかと思って・・これ、ここに置いておくから、後で食べてよ。」
矢島は静かに阿南のベット脇の小さなテーブルに、バスケットを置いた。阿南はそれを見て、矢島から目をそらす。
「てめえに、俺の気持ちなんかわかるかよ。笑いたきゃ、笑えよ。俺のことざまあみろって思ってるんだろ。」
「そんなことないよ。阿南の気持ちはよく分かるよ。早く元気になって、また来年頑張ればいいじゃない。」
矢島は精一杯阿南を励ましたつもりだったが、逆にその言葉が阿南の気持ちを逆なでしたらしい。
「俺の気持ちがわかるだと!馬鹿なこと言うんじゃねえ!てめえなんかに、俺の気持ちがわかってたまるか!俺は今度の選手権にかけてたんだ!それがこんな怪我で、そのチャンスが逃げちまったんだ!」
阿南はものすごい形相でどなりちらした。そして、ベットの脇に立っている矢島の襟首をつかんだ。
「・・・わかるよ・・・でも、怪我を治せばまた挑戦できるよ・・・。」
「うるせえ!」
阿南は矢島を突き飛ばし、矢島が持ってきたフルーツの入ったバスケットを床にたたきつけた。倒れた矢島の目の前に、ころころとりんごが転がってくる。
矢島は何も言わず起き上がると、転がっているフルーツを拾い始めた。その間も阿南は刺すような視線で、矢島を睨みつけている。矢島はフルーツを拾い集めながら、落ち着いた口調で言った。
「阿南・・・何かを失ったときの気持ちはよくわかるよ。でも、阿南の怪我は、治療してリハビリすればまた治る。治ればまた、柔道もできる。また、チャンスがあるんだよ。だから、絶望する必要はないんだ・・・。でも・・・でも、取り返しができないものを失うときもあるんだよ。・・・阿南は、まだチャンスがあるじゃない。」
矢島はフルーツを拾い終わると、また小さなテーブルにそれを置いた。
「見舞いに来て、かえって悪いことしちゃったかな?早く良くなって、また日本チャンピオン目指してよ。」
それだけ言うと矢島は阿南に背を向け、ゆっくりと部屋の出口へ向かった。
=つづく=