礼子が店を後にしてから、しばらく沈黙が流れた。その沈黙を最初に破ったのは早瀬だった。
「マスター、由加利・・・申し訳ない。嫌な思いさせて・・。」
「私は気にしていませんよ。こういう商売をやっていますから、いろんな方々を見ていますから。」
マスターの清水は笑顔を見せながら答えた。やはり、ベテランのバーテンダーともなれば多少のトラブルでは動じない。
「早瀬君・・・」
由加利が重そうに口を開いた。
「さっきの人と、メールやりとりするのは早瀬君の自由だけど、もう、あの人をここに連れてこないで・・・。」
由加利は言葉を詰まらせながら、今にも鳴きそうな声で言った。早瀬もすまなそうに視線を落とした。
「由加利ちゃん、そういう話は店が終わってから、外で話をしてもらえるかな?店で暴れたり、他のお客様に迷惑をかけたのならともかく、あの方は口は悪いかもしれませんが、そういうことはしてませんよ。由加利ちゃんの気持ちもわかりますけれど、ここはお客さん相手の商売です。好き嫌いでお店でそういうことを言うのは、感心しませんよ。こういうところにはいろんなお客様が見えますから、時には愚痴や聞き苦しい話もされる方もいますからね。でも、ここはそういうお客様にも時間と現実を離れてリラックスしていただく場ですら。」
マスターの清水が静かに由加利をとがめた。さすがに、長年の経験を持っている清水らしい一言だ。由加利もすまなそうに頭を下げた。
由加利は、まだカウンターにもたれたままの矢島に目をやった。クラス会で何が起きたのかは早瀬に聞くことはできなかった。聞けばまた礼子やクラス会にでていた人間に対して怒りがわいてくる。そんな状態ではとても平常心で仕事を続けられそうになかったからだ。
由加利は眠っている矢島の手に自分の手をそっと重ねた。由加利は矢島の手から感じられる暖かな体温を通して、今の矢島の気持ちを考えた。考えれば考えるほど、切なく悲しくなった。いつの間にか由加利のほほを、涙が伝った。
早瀬がゆっくりと腰をかける。早瀬は矢島や由加利にかける言葉を必死に考えていた。でも、考えれば考えるほど、どう言葉をかけていいのかわからなくなった。
そんな早瀬に、マスターの清水がグラスをそっと差し出した。薄い琥珀色の酒がきらきらと店内の明かりに照らされて輝いている。
「わたしのおごりです。どうぞ。お酒は人を悪い方向にも変えますが、リラックスするためにも、お酒は助けてくれますよ。それを飲んで、すこし落ち着かれたほうがいいですよ。」
早瀬は渡されたグラスを両手でしっかりと持つと、一口のどに流し込んだ。芳醇な香りと、甘い口当たりが心地よい。清水が続けた。
「ラスティーネイルというカクテルです。私の一番大好きなお酒です。スコッチウイスキーにドランブイという薬草とスコッチ・はちみつを使った甘いリキュールを加えたものです。なかなかいい香りと飲み口でしょう?」
「ほんとだ・・・なんとなく落ち着きますね。」
早瀬はいままで力の入っていた肩から力が抜けるような感じを味わっていた。清水はそんな早瀬の気持ちを察するように、最適なカクテルを選んだようだった。
「今日はこいつは、俺のアパートに泊めるよ。明日は土曜日だし、ゆっくり寝かせてやろうな。」
早瀬が誰に言うともなく、言葉を出した。由加利は矢島の手を優しくなでながら、無言でうなづいた。そして、流れる涙をそっとぬぐいながら言った。
「そうね・・・おねがい。明日私は頑張って早起きするから、朝ごはん私が作ってあげるね。」
由加利は精一杯の笑顔で早瀬に答えた。
=つづく=
「マスター、由加利・・・申し訳ない。嫌な思いさせて・・。」
「私は気にしていませんよ。こういう商売をやっていますから、いろんな方々を見ていますから。」
マスターの清水は笑顔を見せながら答えた。やはり、ベテランのバーテンダーともなれば多少のトラブルでは動じない。
「早瀬君・・・」
由加利が重そうに口を開いた。
「さっきの人と、メールやりとりするのは早瀬君の自由だけど、もう、あの人をここに連れてこないで・・・。」
由加利は言葉を詰まらせながら、今にも鳴きそうな声で言った。早瀬もすまなそうに視線を落とした。
「由加利ちゃん、そういう話は店が終わってから、外で話をしてもらえるかな?店で暴れたり、他のお客様に迷惑をかけたのならともかく、あの方は口は悪いかもしれませんが、そういうことはしてませんよ。由加利ちゃんの気持ちもわかりますけれど、ここはお客さん相手の商売です。好き嫌いでお店でそういうことを言うのは、感心しませんよ。こういうところにはいろんなお客様が見えますから、時には愚痴や聞き苦しい話もされる方もいますからね。でも、ここはそういうお客様にも時間と現実を離れてリラックスしていただく場ですら。」
マスターの清水が静かに由加利をとがめた。さすがに、長年の経験を持っている清水らしい一言だ。由加利もすまなそうに頭を下げた。
由加利は、まだカウンターにもたれたままの矢島に目をやった。クラス会で何が起きたのかは早瀬に聞くことはできなかった。聞けばまた礼子やクラス会にでていた人間に対して怒りがわいてくる。そんな状態ではとても平常心で仕事を続けられそうになかったからだ。
由加利は眠っている矢島の手に自分の手をそっと重ねた。由加利は矢島の手から感じられる暖かな体温を通して、今の矢島の気持ちを考えた。考えれば考えるほど、切なく悲しくなった。いつの間にか由加利のほほを、涙が伝った。
早瀬がゆっくりと腰をかける。早瀬は矢島や由加利にかける言葉を必死に考えていた。でも、考えれば考えるほど、どう言葉をかけていいのかわからなくなった。
そんな早瀬に、マスターの清水がグラスをそっと差し出した。薄い琥珀色の酒がきらきらと店内の明かりに照らされて輝いている。
「わたしのおごりです。どうぞ。お酒は人を悪い方向にも変えますが、リラックスするためにも、お酒は助けてくれますよ。それを飲んで、すこし落ち着かれたほうがいいですよ。」
早瀬は渡されたグラスを両手でしっかりと持つと、一口のどに流し込んだ。芳醇な香りと、甘い口当たりが心地よい。清水が続けた。
「ラスティーネイルというカクテルです。私の一番大好きなお酒です。スコッチウイスキーにドランブイという薬草とスコッチ・はちみつを使った甘いリキュールを加えたものです。なかなかいい香りと飲み口でしょう?」
「ほんとだ・・・なんとなく落ち着きますね。」
早瀬はいままで力の入っていた肩から力が抜けるような感じを味わっていた。清水はそんな早瀬の気持ちを察するように、最適なカクテルを選んだようだった。
「今日はこいつは、俺のアパートに泊めるよ。明日は土曜日だし、ゆっくり寝かせてやろうな。」
早瀬が誰に言うともなく、言葉を出した。由加利は矢島の手を優しくなでながら、無言でうなづいた。そして、流れる涙をそっとぬぐいながら言った。
「そうね・・・おねがい。明日私は頑張って早起きするから、朝ごはん私が作ってあげるね。」
由加利は精一杯の笑顔で早瀬に答えた。
=つづく=