さて、今までいくつかのエコに関する知識を私なりにわかりやすく説明してきました。割り箸・レジ袋・農薬・・・・。
さて、私のこれまでの話をまとめると、これらのことからこういう風にすればエコに貢献できるといういくつかの案が出てきます。それを並べてみましょうか。
1)割り箸はどんどんつかうべし。ただし、外国産の割り箸はやめて、日本の
間伐材を使用し、外食産業などを含めて少々高くても有料化する。得た利
益は森林保全に全額還元する。
2)レジ袋の廃止による効果は少ないので、買い物に行く際は車をやめ、公共
交通機関を使用するか、徒歩で行き、ガソリンなどの枯渇資源を保全す
る。
3)食べる野菜は食の安全の面からも国産にすべし。無農薬は必ずしも安全
ではない。むしろ農薬を使ってきちんと防除した国産品を食することで
日本の農業も活性化する。安い外国産野菜は買わない。そのことで、
日本の農地も増えて、作物によって二酸化炭素の固定もできる。
さて、みなさんはこのうちいくつ実行できますか?
そして、何かに気がつきませんか?
そう、どれをとっても消費者に負担がかかる案ばかりなのです。経済的・肉体的な負担をしないとエコというのはなかなかできるものではないのです。
割り箸を使ってお金を払い、利便性を捨てて歩いて買い物に行き、よく選んでわざわざ高い国産野菜を買うこと。
これに対して賛成し、実行できる人が何人いるでしょうか?たぶん少ないでしょうね。特にこれから高齢化が進んで、年金制度が不安のある中で金銭的・肉体的に負担をかけるのは厳しいのが現実です。
そこで、できることからやろう・・ということになるのですが、残念ながらそれではエコに貢献する力は非常に弱いものになってしまいます。そこで、数字のマジックを使ってその効果をアピールしようというわけです。
もちろんエコに関する今の考えを否定するつもりはありません。意識することはとても大切なこと。無駄を省いていろいろ節約したり、意識したりすることで何かできることを探す必要性は十分にあります。
現在各国が話し合って、地球温暖化に対する施策を話し合っているようですがなかなか前進しないのは、先進国にとっては利便性や自国の工業への影響を懸念して、自国の負担を軽くしたい一方で、発展途上国は、これから発展する近代化への妨げになるために、自国の負担を軽くしたいというのが双方の本音でしょう。それで結論が出るはずがありません。
本当のエコが実践できるのはいつになるのでしょう。。。
さて、私のこれまでの話をまとめると、これらのことからこういう風にすればエコに貢献できるといういくつかの案が出てきます。それを並べてみましょうか。
1)割り箸はどんどんつかうべし。ただし、外国産の割り箸はやめて、日本の
間伐材を使用し、外食産業などを含めて少々高くても有料化する。得た利
益は森林保全に全額還元する。
2)レジ袋の廃止による効果は少ないので、買い物に行く際は車をやめ、公共
交通機関を使用するか、徒歩で行き、ガソリンなどの枯渇資源を保全す
る。
3)食べる野菜は食の安全の面からも国産にすべし。無農薬は必ずしも安全
ではない。むしろ農薬を使ってきちんと防除した国産品を食することで
日本の農業も活性化する。安い外国産野菜は買わない。そのことで、
日本の農地も増えて、作物によって二酸化炭素の固定もできる。
さて、みなさんはこのうちいくつ実行できますか?
そして、何かに気がつきませんか?
そう、どれをとっても消費者に負担がかかる案ばかりなのです。経済的・肉体的な負担をしないとエコというのはなかなかできるものではないのです。
割り箸を使ってお金を払い、利便性を捨てて歩いて買い物に行き、よく選んでわざわざ高い国産野菜を買うこと。
これに対して賛成し、実行できる人が何人いるでしょうか?たぶん少ないでしょうね。特にこれから高齢化が進んで、年金制度が不安のある中で金銭的・肉体的に負担をかけるのは厳しいのが現実です。
そこで、できることからやろう・・ということになるのですが、残念ながらそれではエコに貢献する力は非常に弱いものになってしまいます。そこで、数字のマジックを使ってその効果をアピールしようというわけです。
もちろんエコに関する今の考えを否定するつもりはありません。意識することはとても大切なこと。無駄を省いていろいろ節約したり、意識したりすることで何かできることを探す必要性は十分にあります。
現在各国が話し合って、地球温暖化に対する施策を話し合っているようですがなかなか前進しないのは、先進国にとっては利便性や自国の工業への影響を懸念して、自国の負担を軽くしたい一方で、発展途上国は、これから発展する近代化への妨げになるために、自国の負担を軽くしたいというのが双方の本音でしょう。それで結論が出るはずがありません。
本当のエコが実践できるのはいつになるのでしょう。。。