「おまたせ~~!」
いつものような明るい声が駅の構内にこだました。
まひるとハイキングを約束した矢島は、登山口に程近い駅でまひるを待っていた。
まひるは約束の時間から少しだけ送れて到着した。昔の矢島であれば、少しでも遅れてきたら本当に来るのか不安になるところだが、今日は違った。来てくれることを間違いなく信じていた。
「この先にケーブルカーがあって、途中まではそれで上れるけど、下から上っていく方法もあるよ。沢野さん、どっちがいい?」
「矢島君が好きなほうで。」
まひるは今日は矢島にすべてお任せで行くつもりだった。
最初の動物園のときは、まひるがすべて主導だったので、ここは矢島を立てたかったのだ。
「それじゃ、せっかくだから下から歩いていこうか。ちょっと距離を歩くけど大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。」
まひるは本当にうれしそうだ。
二人はケーブルカーの脇にある登山道からゆっくりと上っていくことにした。
最初はなだらかなのぼりだったが、登るにつれて少しづつ傾斜がきつくなっていく。
矢島はまひるの歩くペースにあわせるように、まひるに気を使いながら上っていた。そして、ときおり立ち止まっては、季節をおりなす花や木を見て、まひるにいろいろと話を聞かせた。
まひるはそんな矢島の話を興味深く聞いていた。
矢島は本当に動物だけでなく、草木のことも詳しかった。ひょっとしたら、ちょっとした図鑑くらい作れるんじゃないかと思うくらいだった。その話のどれもが新鮮で、とても楽しいものだった。
やがて、道は少し平坦になり、急な斜面の脇の狭い道へと変わった。スギやヒノキの林にかこまれ、少し薄暗い。
急な上りが終わったところで、まひるは少し一休みという感じでペースを落とした。矢島がそれにあわせて歩を緩める。そのとき、まひるは足元のちょっとした段差でバランスを崩してしまった。
ぐらっと体が揺れ、背負っていたザックの重みで体が左に大きく傾くと、そのまままひるは急な斜面へと滑り落ちた。
「きゃあ!!」
「まひる!!」
矢島がすんでのところで手を伸ばし、しっかりとまひるの腕をつかんだ。まひるも、その手を離すまいとしっかりと矢島の腕にすがりついた。
「大丈夫!手を離さないで!」
矢島はまひるに大きな声をかけると、ゆっくりとまひるを斜面から引き上げた。
「ああ、びっくりしちゃったぁ。」
まひるがまだどきどきしている胸を押さえながらへたり込んだ。
「大丈夫?怪我はない?」
矢島がやさしく声をかける。まひるは首を振って答えた。
「ありがと。大丈夫だよ。・・・それより・・」
そう言いながらまひるは矢島の顔を覗き込むように見つめながら、微笑んだ。
「それより・・・やっと言ってくれたね。わたしのこと『まひる』って・・。」
「あ・・・」
矢島ははっとした。
斜面から転がり落ちそうになったまひるを見て、矢島は思わず『まひる!』と叫んでいたのだ。
「ごめん・・つい・・。」
「なに謝ってるの?私はうれしいんだよ。やっと『まひる』って呼んでもらって。いままで『沢野さん』としか言ってくれなかったのちょっとさびしかったんだ。はやく『まひる』って呼んでもらいたかったんだよ。よかった・・・。これからも『まひる』って呼んでね。」
まひるは本当にうれしかった。今まで『沢野さん』と呼ばれていたことに、まだ矢島は自分に対して本当に心を開いてくれていないのではないかと心配だったのだ。これで、本当の友達になれたんだと思った。いままでたくさんの友達がいたが、これほどまひるはうれしいと思ったことはなかった。
「ごめんね、心配かけて。私は大丈夫だから、行こう!」
矢島は立ち上がって、先にたって歩いていくまひるの背中を見ながら思った。
ほんとうに呼んでいいのだろうか、「まひる」と・・
矢島は、まひるに声をかけた。
「沢・・・あ・・・『まひる』!」
「なあに?」
まひるが笑顔一杯で振り向いた。
矢島はほっとしたのと、うれしいのとがごちゃごちゃになったような気持ちで、笑顔を返した。
「なんでもない。いこうか。」
「うん!」
矢島とまひるは頂上へ向かってまた、ゆっくりと並んで歩き始めた。
=つづく=
いつものような明るい声が駅の構内にこだました。
まひるとハイキングを約束した矢島は、登山口に程近い駅でまひるを待っていた。
まひるは約束の時間から少しだけ送れて到着した。昔の矢島であれば、少しでも遅れてきたら本当に来るのか不安になるところだが、今日は違った。来てくれることを間違いなく信じていた。
「この先にケーブルカーがあって、途中まではそれで上れるけど、下から上っていく方法もあるよ。沢野さん、どっちがいい?」
「矢島君が好きなほうで。」
まひるは今日は矢島にすべてお任せで行くつもりだった。
最初の動物園のときは、まひるがすべて主導だったので、ここは矢島を立てたかったのだ。
「それじゃ、せっかくだから下から歩いていこうか。ちょっと距離を歩くけど大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。」
まひるは本当にうれしそうだ。
二人はケーブルカーの脇にある登山道からゆっくりと上っていくことにした。
最初はなだらかなのぼりだったが、登るにつれて少しづつ傾斜がきつくなっていく。
矢島はまひるの歩くペースにあわせるように、まひるに気を使いながら上っていた。そして、ときおり立ち止まっては、季節をおりなす花や木を見て、まひるにいろいろと話を聞かせた。
まひるはそんな矢島の話を興味深く聞いていた。
矢島は本当に動物だけでなく、草木のことも詳しかった。ひょっとしたら、ちょっとした図鑑くらい作れるんじゃないかと思うくらいだった。その話のどれもが新鮮で、とても楽しいものだった。
やがて、道は少し平坦になり、急な斜面の脇の狭い道へと変わった。スギやヒノキの林にかこまれ、少し薄暗い。
急な上りが終わったところで、まひるは少し一休みという感じでペースを落とした。矢島がそれにあわせて歩を緩める。そのとき、まひるは足元のちょっとした段差でバランスを崩してしまった。
ぐらっと体が揺れ、背負っていたザックの重みで体が左に大きく傾くと、そのまままひるは急な斜面へと滑り落ちた。
「きゃあ!!」
「まひる!!」
矢島がすんでのところで手を伸ばし、しっかりとまひるの腕をつかんだ。まひるも、その手を離すまいとしっかりと矢島の腕にすがりついた。
「大丈夫!手を離さないで!」
矢島はまひるに大きな声をかけると、ゆっくりとまひるを斜面から引き上げた。
「ああ、びっくりしちゃったぁ。」
まひるがまだどきどきしている胸を押さえながらへたり込んだ。
「大丈夫?怪我はない?」
矢島がやさしく声をかける。まひるは首を振って答えた。
「ありがと。大丈夫だよ。・・・それより・・」
そう言いながらまひるは矢島の顔を覗き込むように見つめながら、微笑んだ。
「それより・・・やっと言ってくれたね。わたしのこと『まひる』って・・。」
「あ・・・」
矢島ははっとした。
斜面から転がり落ちそうになったまひるを見て、矢島は思わず『まひる!』と叫んでいたのだ。
「ごめん・・つい・・。」
「なに謝ってるの?私はうれしいんだよ。やっと『まひる』って呼んでもらって。いままで『沢野さん』としか言ってくれなかったのちょっとさびしかったんだ。はやく『まひる』って呼んでもらいたかったんだよ。よかった・・・。これからも『まひる』って呼んでね。」
まひるは本当にうれしかった。今まで『沢野さん』と呼ばれていたことに、まだ矢島は自分に対して本当に心を開いてくれていないのではないかと心配だったのだ。これで、本当の友達になれたんだと思った。いままでたくさんの友達がいたが、これほどまひるはうれしいと思ったことはなかった。
「ごめんね、心配かけて。私は大丈夫だから、行こう!」
矢島は立ち上がって、先にたって歩いていくまひるの背中を見ながら思った。
ほんとうに呼んでいいのだろうか、「まひる」と・・
矢島は、まひるに声をかけた。
「沢・・・あ・・・『まひる』!」
「なあに?」
まひるが笑顔一杯で振り向いた。
矢島はほっとしたのと、うれしいのとがごちゃごちゃになったような気持ちで、笑顔を返した。
「なんでもない。いこうか。」
「うん!」
矢島とまひるは頂上へ向かってまた、ゆっくりと並んで歩き始めた。
=つづく=