屋上からの階段を駆け下りたまひるは、そのまま洗面所へ飛び込んだ。
蛇口をひねり、思い切り水を出すと、まひるはじゃぶじゃぶと顔を洗い始めた。しかし、どんなに顔を洗ったところで、あふれてくる涙は止まらなかった。

まひるには信じられなかった。

友達がいることがあたりまえのまひるにとって、友達がいないということは想像できなかった。たった一人で毎日を過ごすことなど、とてもできないとまひるは思った。

でも、矢島はそうして毎日を過ごしている。

人というもの、人にかかわるすべてのものを拒絶して、それで一生を過ごそうというのだろうか。
そんなこと、できるわけがないと、まひるは思った。

きっと矢島は、本当は友達がほしいに決まっている。
そう信じたかった。そうでなくてはいけないと思っていた。

まひるは、いじめを続けた矢島のクラスメートに対して心底怒りを感じていた。
なぜ、矢島をあんなふうになるまで痛めつけなければならなかったのか。自分の心が痛むことがなかったのか。なぜ、誰も止められなかったのか。
そこまでかんがえたところで、早瀬の言葉がよみがえった。

『誰も止めなかった。止めれば自分がターゲットになるから。』

自分がそこにいたらどうだろう。
止められただろうか。おそらく早瀬が話をしていたいじめの実態は、ほんの一部に違いない。
本当は人に見えないところで、もっとおそろしいことが行われていたのではないか。そうでなければ、矢島はあそこまで人を拒絶することはなかったろう。
自分がそうなることがわかっていて、私自身が止められただろうか。
まひるは、自信がなかった。そんな自分に腹が立った。

でも

このままじゃいけない。
このままじゃ、矢島は一生を一人で過ごすことになってしまう。
自分ができることがあるはずだ。なにかきっと。

硬く閉ざされてしまった矢島の心。
それを開くことは容易でないかもしれない。
でも、やらなくちゃいけない。
少なくとも自分は矢島の友達だから。
矢島の友達に自分がなることができれば、きっと矢島も変わるはずだ。そう信じたかった。
自分のこんな思いも、遠く矢島には届かないかもしれない。
でも、やらなくちゃ前へは進めない。
まひるは、矢島を助けたかった。本当に友達といることが楽しいということを、知ってほしかった。
誰もやらないのなら、自分がやるしかない。自分が矢島の友達になるしかない。
矢島に自分を受け入れてもらえれば、何かが変わるはずだ。

まひるは、ぶるぶると頭を振った。

ハンカチで顔を拭くと、鏡に映った自分の顔を見据えて、自分に気合を入れた。

「よし!」

まひるはそうつぶやくと、教室へと足を運んだ。