早瀬は、ゆっくりと話し始めた。

「あいつが、俺の通っていた小学校へ転校してきたのは、小3の2学期だった。当時から、あいつはおとなしいやつだったよ。おとなしくて、優しいやつだった。でも今思えば、あいつのその優しさがあだになったのかもしれないな。」

早瀬は、ひとつ大きなため息をついた。

「あいつ、体が弱くてさ・・体育なんかも見学することが多かったんだ。そのせいで、あいつスポーツが苦手で、ことあるごとにバカにされることが多くなって・・・いつしか、いじめられるようになっていたんだ。最初は、ほんのいたずらていどだったんだけど、そのうちエスカレートしはじめて・・。」

「いじめ?」

まひるの顔がくもった。早瀬が後を続けた。

「いじめって、エスカレートすると止まらなくなる。給食のスープの中にトイレットペーパーや画びょうを入れられたり、みんなの前ですっぱだかにされたり、教室のそうじ用具入れのなかに、とじこめられたり。。。頭から水をかけられたり、川に放りこまれたり・・・。数えたらきりがないよ。それをあいつは、中学校卒業するまで続けられたんだ。6年間だぜ・・信じられるか?」

「誰も止めなかったの?」

「止めるもんか。止めれば、自分もターゲットになりかねないからな。誰だって、あいつと同じ思いはしたくないから。俺だって、止められなかった。ただ、見てるしかなかった。」

早瀬は目線を落した。

「いくじなしだと思ってるだろ、俺のこと。そう、いくじなしだよ。でもみんなそうだった。自分の身が大事だから。俺のこと、見そこなったか?軽べつするか?」

まひるは、ただうつむいたまま、首を振った。
早瀬は大きなため息をついて、続けた。

「最初は明るかったあいつも、だんだんロ数が減ってきて・・・そのうち何もしゃべらなくなった。何をされても、ただ黙ってがまんするようになっていた。そんなになっても、あいつは学校には通い続けた。あいつにとっては、最後の意地だったんだろうな。でも、あいつ遠足や運動会、修学旅行なんかの行事には、ほとんど休んでた。多分、そういうところでまで、さらしものにはなりたくなかったんだろうな。」

「友達は・・・いなかったの?」

まひるの声は、あきらかにふるえていた。
早瀬は首を振る。

「いるわけないだろ。あいつ、人を信じること止めちまったんだから。特に女の子はさけてたなぁ。影でー番あいつのことバカにしてたのは、ほとんど女の子だったから。バカにされてるのわかってて、近づくはずもない。あいつにとって、自分以外は全部敵さ。」

「・・・・そんな・・・さみしすぎるよ・・・そんなこと・・。」

まひるの目には涙がうかんでいた。
早瀬は、そんなまひるの頭を、ちょんとこづきながら言った。

「ばっかだな、お前。会ってまだ、ー月もたたないやつのために泣くか普通?」

「早瀬君は、何も感じないの?矢島君の今の姿を見て・・・何も感じないって言うの!?」

まひるは、真剣なまなざしで早瀬に迫った。

「感じてるさ・・・でも、もう取り返しがつかないよ。俺だって、何とかしてやりたいけど、何もできない。6年っていう月日を取り戻すには・・・。それに俺のことだって、あいつは敵だと思ってるさ。6年いっしょにいて、何もしてやれなかったんだから。あいつにとって何もしないことは、いじめてるのと何も変わらなかっただろうから・・。」

「私・・・やだよ、そんなの。」

うつむいたまひるの目から、涙がこぼれた。

「だって、今っていう時間は、今しかつくれないんだよ?それが、人を信じないまま過ぎちゃうなんて、私・・・たえられない・・。」

早瀬は、あくまでピュアなまひるの態度に、苦笑しながら言った。

「小学校のころ、おまえが居たら、あいつもあんなにはならなかっただろうにな。でも、今からでも、おまえがいれば、あいつも変るかもしれないって、思えるよ。」

まひるは、そんな早瀬の言葉を聞き終らないうちに、走りだしていた。
早瀬は、まひるの背中を見送ると、空を見上げてつぶやいた。

「・・まひるか・・・。・・・あいつなら、ひょっとしてできるかもな。」

=つづく=