いじめられていて、つらいことはたくさんありますが、
いちばんつらいことは、「ともだち」といえるひとが
じぶんのそばに、だれもいないということ。

いつもじぶんひとりで、がまんをして、たえなければいけないこと。

そして、だれもしんようできなくなること。

そして、わたしがいちばんつらかったことは、ほかのこたちの、
「め」「しせん」でした。

ことばにこそしないものの、その「しせん」は、わたしのこころにふかくつきささっていきました。

さげすみ。。。

ちょうしょう。。。

みくだし。。。

その「しせん」は、わたしをあきらかに、せせらわらっているようにかんじました。
とくに、おんなのこのしせんは、ちょくせつてきにいじめているあいての、
ぼうりょくよりも、ずっときつくかんじました。

まるで、「おぶつ」でもみるようなそんなめで、わたしをみないでほしい。

そんな「しせん」を、だれもいないところでも、わたしはかんじるようになります。
その「しせん」から、なんとしてものがれたい。。。。

わたしをみないで。。。
みないで。。。
みないで。。。
み・な・い・で。。。

その「しせん」のきょうふは、そのごのわたしのこころのなかで、いつしかふくらんでいき、わたしをくるしめつづけることになります。
そのくるしみが、そのごのわたしのいきかたそのものを、おおきくかえてしまうことなど、そのころのわたしには、そうぞうすらできませんでした。

そう、すべてはその「しせん」のきょうふからのがれるため。。

そして、それはしずかにわたしのこころをむしばんでいくことになります。
わたしの、ひずんだこころが、やがてびょうまのように、あたまをもたげてくるのです。

=つづく=