可愛い子供には旅をさせろ。

皆さん、その子に適した能力開発ということで、意見がまとまってきてしまったみたいで、ディベートとしては、
あまり面白くない方向になってきちゃったかなと思います。

そこで、私は、ディベートに欠かせない天邪鬼の役割、devils advocateに手を上げます。

全然本人はそんなこと思ってませんが、わが子の道を親がある程度決め打ちして、よそ見せずに猛進させる方法。

この方法の効果について主張してみたいと思います。野生児、上等 へのアンチテーゼです。

先日、電車で移動していたときのことです。まる貧の私には珍しいことにお付き合いでグリーン車だったんですが、空いてるだけにご近所さんのボックスの声がよく聞こえます。立ち聞きするつもりはありませんが、あちらさんも声を落とすつもりはないようで、いやでも耳に入って来るからしょうがない。

おしゅうとさんと、お嫁さん、その息子さんという組み合わせ。

おしゅうとさんは、子供は隔離して、世間の垂れ流す害悪から守ってやらなきゃいかん、とおっしゃる。嫁さんのほうは、はあはあ、さようでございますか、という聞き流す雰囲気なのだが、息子さんのほうが黙ってない。

バアバ何言ってんだよ。あれも駄目これも駄目じゃつまんないでしょ。

とか何とかいう捨て台詞で他のボックスへ逃げようとする。

それで考えたんだけど、まあ、こう言ってはなんだが、おしゅうとさんはちょっと恐いんだろうな。お孫さんが俗世間の色々な影響を受けて、コントロールできなくなっちゃうのが。それが非行とかそういう方向ならすごくまずいんだけど、世間知らずじゃなくなる、ってのは悪くない。成長の大事な一面だ。

大人の人達にとって、子供さんを無菌培養で育てるメリットは何か。

ま、思い通りに育つこと。品質管理ですわな、日本お得意の。

さらに日本のお家芸は、規格から外れた奴を、苛めること。だから、子供たちも苛めの対象とならぬよう、他の人達と同じという風に自分で自分の見え方を演出する。そりゃ個性が摘み取られますわな。

これが嫌だから、子供を私立に通わせる。私立には虐めが無いわけじゃないが、マシな環境も少なくない。これを無菌培養だと揶揄するのはちょっと違う。自分の子供が苛められていい親はいない。はずだ。

ということで、親が子供の可能性を狭めているといえば確かにそうなのだが、父親と母親のDNAを半分づつ受け継いでいるからある程度どの方面に才能があるのかがわかる。さらに言えば、どの方面に決定的に才能が無いのかは、もっとよくわかる。だから、ある程度育てる方向を狙い打ちしても、それほど大きく外れていることはないと考えられるのだ。

だとすると、目標を設定して、無菌培養は、悪くない。合理的だ。学者の家系で子供も運動が苦手で嫌いと言っているのに、野や山を駆け巡るような訓練、たまにレクレーションでやるならいいけど、ハーネスつけて、クライミングなんて、おっかないだけで、もう二度と山には行きたくない、なんてトラウマを残すだけ。そういう引き出しを強引に開けようとしても、迷惑なだけだ。

というわけで、子供に危険なことを50個経験させるというあの本のプランは、必要ない子供には必要ない。うちの子には必要ないと言っている親を責めることはできない。説得は控えたほうがいい。これが、devils advocateとしての、私の結論です。