
■爆笑問題太田光の執拗な村上春樹批判に思うこと村上を批判している人の多くは、
みんなほめてるからおれぐらい批判してもいいだろ、という言い訳をする。
「誰かが言わなくちゃだめだから、あえて俺が言う」というような独善的な正義感は、言葉の暴力の免罪符になる(今の僕のことです。すいません)。
太田は知り合いである水嶋ヒロの小説がamazonレビューで酷評された時
「お前らはクソだ。人が一生懸命作ったものをふみにじる人間には、感受性がない。感受性なんてない。そういうやつはクソだし、作品鑑賞する資格なんてない!本を読むな!」と大声で主張したが、彼の足元を見ると、村上春樹を踏みにじっている。
太田の毒舌というのは、基本的に相手が言い返せない場合に限ると思う(増田ですいません)。
お笑い芸人自体が権威なので、権威を茶化すチャップリンのような芸風は成立しない。弱いものいじめになってしまう。ビートたけしは言う。「強さとは鈍感である」。人間は年を重ねれば重ねるほど鈍感になっていく。それを強さだと勘違いする。地位が高くなればなおさらだろう。強くなりたいとは思わないけど、今の太田のように鈍感にはなりたくない。
村上春樹から教わったのは、自分の足で走ること。そしてタフになることである。
http://anond.hatelabo.jp/20130504222901=============================================================================
上記は記事の中でも、まいのこが良いね(^ω^)っと思った部分のみ抜粋してるんで
是非、全文を読んでほしいの


自分が面白くないと思うモノが
「 有名(権威をもつ) 」 というコトに
自分の感性を否定されたような苛立ち・・・
良さが解らない焦り・・・
良いと思わないモノが賞賛されている妬み を感じるんだと思う

多数が盛り上がる中
「 チョット待った 」 で 水を差せる自分ってば、超自分もってる

流されない姿カコイイお・・・(*´Д`)ハァハァ
↑内心こんな感じと思う
自己陶酔は自由だけど
何故 それを
「 不特定多数へ主張する必要があったのか? 」 という部分だぬ~
理由はカンタンで
『 そいつじゃなく 俺を賞賛しろ m9( ゚Д゚) ドーン! 』 という想いがあるから
つまり 妬みがベース
『 そんな奴が賞賛されるなんてズルい! オレだオレを見ろ!
オレこそ 賞賛されるべき人間なんだ m9( ゚Д゚) ドーン! 』 他人を叩き落とすことで、自分を上に見せるって
一番カンタンで安っぽい ブランディングなの

本質(中身)がなくて 表面的な注目だけ欲しい場合 これをやるんだよ
「 お笑い芸人 」 という人々が
「 ほかの芸能人に比べ 地位が低く 一般人に近い リアルな感性をもっている 」
かのような
「 半芸能人・ご意見番 」 ポジションを確立し
テレビで批評を繰り広げながら
自らをブランド化 していく・・・
その
「 やり口 」 に対する違和感は前から感じてた(;´Д`)
相手が言い返せない場合に限定された イジメと同じ卑怯なやり方
(´Д`)ハァ…

悪口なら悪口でさ
『 オレはキライなんだ! 』 って 単に
主観の主張をすればいいのよ
『 ハハ、しょうがないなぁコイツ 』 って お茶の間に笑いを提供できるし
個人の感想というのは 自由なんだからいいの


ところが 『 好き嫌い 』 ではなく
『 正しさ 』 として 主観を主張するのは
相手への
攻撃に他ならない
反撃できない(しない)相手を 一方的に攻撃するのは批評でもなんでもないし
自分より権威をもつ人を叩くことで 同じ土俵にたってるかのように見せるのは
詐欺なの

イジメ行為 は
大衆の嫌悪感を招くだけで
芸風にも ブランディングにもならない
大物を叩く小物 こんなのに騙されるほど 視聴者は情弱じゃない

こんな 「 エセご意見番 」 を
大物風を吹かせる行為 と 勘違いして
後輩がマネしていくようになれば・・・
お笑い業界の先はもうないな という 象徴的な記事だと思った
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