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永遠のホリデー(^O^)/

おへちょWEBデザイナー、元ソーシャルゲーム企画運営
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IT系のちょっとした小技・テクニック
心理・精神(スピリチュアル)に関しての考察コラム
夢日記、ハーブや野菜などの園芸記録など

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狛江駅前のOXにキノコストラップのガチャが!!第3シーズン!!
ヽ(。・ω-。)★

前、しいたけストラップを2代もってたのに、1代目は野生に返り、2代目は軸がポッキリ折れた(。´益⊂) 

ドキドキしながら回したら……
見事!!白ぶなシメジGETじゃああああッ

iPhone5にはストラップつかないからバッグに着けたよ☆


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スーパーで売ってる猫おやつで
ササミがパウチされたのあるじゃない?

ちっこい癖に120円くらいするから
「じゃ、98円の鶏胸肉1枚茹でた方が得なんじゃなかろうか??」と思ってドーンと1枚茹でたよ!!!!(`・д・´)

ヤケドしないように扇風機で冷まして
足つきのお皿に盛ってみた!!!!





食べない!!!!!!!!!





_(:3」∠)_

そんなコトより遊びたいみたい。

ヒトの心ねこ知らず
ねこの心ヒト知らず



振動数の領域では
レイアースのように(懐かしい)「信じる」=「実現力」となる

よくスピ系サイトで
「理屈ではなくハートを中心にして」
「ハートに委ねて」 
などと書かれてるのも同じこと
理屈というのは ただ 「心から信じる」為の補助ツールなのれす

自分の感覚・感性・意志に何の揺らぎもない人なら
理屈なんてなくても平気なんだけど・・・(笑)
メディアや学校(時には親)に
散々「こんな理想モデルになれ~」という洗脳&脅迫を施されてきた現代人は
天真爛漫にヒトカケラの疑いもなく 自分の感覚を信じるってコトが難しいね

だから理屈も必要なの
ただ、表面的な理屈をなぞって 知った気になって
「考える・感じるコトをストップしてしまう」のは注意ね

理屈は咀嚼して味わって腑に落として
ココロと一体化して・・・初めて機能するから
感覚・感情・感性・・・が反応しないなら
その理屈は「あなたに互換性がないモノ」なの

理屈っていっても 結局ひとの数だけ理屈があってね
万能で絶対的な理屈なんてのは存在しないの

人は所詮 主観でしかモノを語るコトが出来ないの
理屈とは 自分の主観を説明してるだけだから
論破されようが 言い返せなかろうが
心が反応しないなら その理屈は「あなたには不必要」だから 無視していいの

なにが好きで美味で気持ちいいか
そこに理屈はないね
「そうである」というだけ
モナーぅま~ぃ

「直感」なんてのは
サイキックな特殊能力でもなんでもなく
「自分の感覚に素直」というだけなの
ただ、人はメディアや他人の目を気にして・・・
しばしば 不快を快だと思い込もうとしたりする

そうすると、何が気持ちよかったのか美味だったのか…
そんなコトすら わからなくなっていく

常に判断基準を外部に依存するようになるので
なにひとつ 自分の答えに自信をもてなくなってしまうの
そしたら感覚的なものすべては「疑うべきもの」に変わってしまう
当然、思いのままとは真逆の領域になる

いくら大勢が良いと言ってても美味しくないゴハンは食べない
流行と全然関係ないけど気に入ったから着る
先々に備えるだけの仕事はしない   …など

自分の感覚感性にウソをつかず
正直に素直に 堂々と【今の自分にとっての心地よさ】を追求していけば
直感力はガシガシ磨かれていくし 感性がブレないので自信もつく

自己の肯定(自分のありのままを受けいれる) こと
これがいわゆる「自己愛」と呼ばれるもの
これを他者にも当てはめて、他者を肯定すれば単に「愛」となる
自己愛と愛が合わさって ようやく自他ともに「自然体」になる

お互いが自然体であること
お互いの自然体を許すこと
お互いの自然体を楽しむこと

やがて 自然体同志は勝手に共鳴しあって
「自分の為にやるコトが 勝手に誰かの為にもなってる」 ようになる
勿論その逆もしかり

「等身大の自分自身であるコト」が自他共に得になる
ここが振動数の領域の入口鍵
前も「ありがとう」について書いた気がするケド

やっぱり やっぱり 今もヘンだなー!!って思うのやす

(`・ω・´)シャキーン


やっぱりね・・・

「ありがとう」が感謝の言葉だというのに違和感…(;´Д`)

有り難い…とは「得難い、なかなか起こらない」というコトでしょ

振動数の領域では意識状態がそのまま現実となるので

「なかなか起こらない」という考え自体が不自然なのね

「なんでもすぐ起こる」じゃなきゃヽ(`Д´)ノ


感謝…つまり嬉しさ、喜び、気持ちよさ、受容の想い・・・とは

本来「有難く得難いもの」ではない

どこにでもあり、当たり前に素晴らしいもの


さらには・・・

「起こる」という実行の宣言

「怒る」という拒絶反応が同じ音になってるのも違和感

日本語の同じ音の言葉は大抵本質的な繋がりを持つんだけど

時折「意図的に捻じ曲げられた言葉なのではないか?」という疑問が残る言葉もある

(;^ν^)ぐぬぬ…


まいのこは・・・「ありがとう」を使うシーンでなるべく

「嬉しいぃ~」 とか 「めるし~」 とか 言うようにしてる(笑)


「ありがとう」って唱えれば唱えるほど・・・

それは封印の言葉になってる気がするから・・・


望みなんてのは 無限に即座に実現し続ける いつだって四六時中

それが振動数の領域 五次元フィールドの当たり前

まいのこは「想いのまま」の領域を目指してるので

変な言葉はなるべく使わないようにしてるの


でも 結局イチバン重要なのは 言葉より心だから

「絶対にアリガトウ使わないゾー!!」って程じゃないけど(笑)

気持ちのモンダイね(^ω^)


~2014/2/17 追記~

>ありがとうの語源
あの記事を書いたときは知らなかったのですが
日本語とヘブライ語ってビックリするくらい同じ言葉があるんです!
日本人は昔ユダヤ系であった、という説ですね。

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/276.html
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/101342/90919/15676079

日本語           ヘブライ語

コオル (凍る)    - コ-ル  (寒さ、冷たさ) 
スワル (座る)    - スワル  (座る)  
アルク (歩く)    - ハラク  (歩く)

ハッケヨイやカゴメカゴメの歌詞、ドッコイショなど
使う我々も由来を知らない言葉は大抵がヘブライ語なのですね。

などなど・・・
その中でも

アリガトウ(有難う)   - アリ・ガド(私にとって幸福です) 

というのが、あって「これは!」と思いました。

現代の日本語はヘブライ語と中国語のハイブリッドなのかもしれないと思ってます
元々ヘブライ語だった所に、中国語が入り込んできて混ざったんじゃないかと
だから、「有難う」などは「当て字」なのでは?と思うんです。

表立っては逆らわず、かつ大切な言葉の響きが変えない・・・
元々の言葉を守る為の、先人達の計らいだったのかもしれませんね。

言葉自体の響きも周波数はもちますが
それよりも「自分の意図」の方がずっと影響は大きい。
(知らないで使うのと、知っていて使うのは違うから)
心配せず「ありがとう」を使ってOKだと思います☆

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kottur(コッテル)の『トマト帽のベレー』というアルバムを購入゚.+:。∩(・ω・)∩゚.+:。 以前、YouTubeか何かで前アルバムの『ぬこのま』という曲を聴いて、透明感があってあんまり素敵なのでiTunesですぐアルバム購入したの♪ 久しぶりにアルバムが出たので、まだ活動してるんだ!と一安心( `^ω^)=3 ただいま取り込み中☆


現在のまいのこは
自分の意志=反映される外界世界
と思ってるので
ガツンと頭なぐられて 突然ガラっと変わってしまい限り
外界もドカンと変化はしないのだな、と思う(笑)

ある日UFOが来て 飢餓も経済矛盾も環境汚染もなにもかも・・・・
パーッと解決しちゃえばいいとは思うんだけどね(`・ω・´)ゲヘヘ

物事が起こる順番としては

①真我(ハイヤーセルフ)の意志 ネット上
②顕在意識(物質の自分)の意志 ブラウザのアクセス
③外界世界への適用&反映 ローカル環境


というステップを踏んでくと思う
各ステップごとの移行にかかる時間
PCに喩えれば「ネットからローカルへのダウンロード時間」というのは
日々日々スピーディになってく気がする
この「回線強化」に関しては、もしかしたら宇宙人も手助けしてくれてるのかもしれないね~~

私が変われば世界が変わる
無意味なコトは何もなくて すべては必要で起こるもの
あるがままに素直に気持ちよく楽しむコトが回線強化に繋がる


不思議なモノで・・・そういう想いが確信にかわると
色々なブログの内容も 同じコトを言うようになってるの

まさに私が変われば・・・の実現

パラレルワールドには ∞の「バージョン違いまいのこ」が居る
モノも場所も・・・みんな、そうなんだと思う

∞のバージョン違いの中から
「一番共鳴するもの同士」が 同じバイブレーションを共有体験するんだね

だから 正解を探す必要なんてなくて
他人や自分を評価する必要なんかなくて
ただ「自分らしくある」だけでいい

とってもとってもカンタンなのに
人によっては最高にムズカシイ?


とりあえず
「~べき」「~でなくてはならない」っていう「評価基準(ルール)」は手放して
「評価基準からの解放」を試してみてほしいごみ箱

ゲームに勝とうと思わないでけんか
ゲームを降りてしまえばいい走る

ゲームに勝たなきゃ不安だ・・・
ゲームに負けたら価値がない・・・
そんな24時間競争状態が どれだけ不自然で面倒で気持ち悪いか
いったんやめてしまえば ハッキリと気づくハズ

握りしめた手を開いて
その中はカラッポだから手手

「楽しい」「気持ちいい」を目指してモナー

たとえそれが苦痛でも 慣れたやり方をかえるのは最初は大変
でも、もう役に立たないモノだから

「こ、これは流石に最低必需品でしょ・・・(;´∀`)?」
って思うモノこそ 一番のお荷物だったりするのです

本当に必要なモノなら
一度手放したってスグまた手に入るから 惜しまず捨てて

「評価」するコトをやめて
自分を評価する為に、他人を評価するコトをやめて

劣等感を隠す為のゲームルール・・・
恥や不安から守る為のゲームルール・・・

もう とっくにそれが機能してないって 内心解ってるハズ

アナタの世界はアナタが作ったモノ
アナタが創造主で全能であるという事実
限りない自由と責任を観念して受け入れてください泡

そしたら 不自由も不安も恐怖も消えて
穏やかで気持ちいい 思いのままの「今」がやってくる
川沿いの、立派な桜並木を歩いてた
桜の根元には、花びらが集まってできた不思議なオブジェが並んでて
それもとてもかわいらしかった゜.+:。(*´v`*)゜.+:。

桜の木は、樹齢何年ですか?って感じの、ぶっとい幹で
樹のウロから、加湿器みたいにプ~と霧(湯気?)を噴いてる

桜並木を過ぎると、おばあちゃんが買ったトリックアートみたいな古民家(駄菓子屋にするらしい)についた。床に妙に傾斜がついてたり、意味のなさそうなロフトがあったり・・・
地下室を抜けると、どこか楽しいところに続いてる記憶があった
つまり、この古民家に来るのは初めてじゃない

--☆--

クーポン券の束を持ってた
どれ使おうかな~ってパラパラめくってたら、クーポンの下にでっかく「刑務所発行」って判子が押してあって・・・
「げ、コレ刑務所のクーポンかよ・・・」ってドン引きして使う気なくした

--☆--

勇者ヨシヒコみたいな、ゆるいパーティを組んで度してる
「腹へったな~」と仲間が言うので
「あそこのお肉屋さん、豚肉が超美味しいらしいよ!!」って教えてあげた

何故、そんなコトを知ってるのか私自身わからない

服屋に入って装備を物色
ピンクに豹柄が少し混ざったワンピースをチョイスした


--☆--

パラレルな池袋(?)に居た
ここには、仲間5~6人と偵察にきたの

テクノロジーは未来だけど、コギャルが居たり流行は古い
建築材の壁材が非常に丈夫で、どの建物も新築のようにピカピカなのが不自然に感じた
ランドマークなのか、街のド真ん中には都庁のような巨大ツインタワーがある
その街は完全監視社会の実現を果たしていて、すべてが電子決済やカメラで管理されていた

ここは間違ったルートを辿ってるタイムラインだな・・・と思ったので
巨大な竜巻で都市ごと破壊する提案をした

でも、その前に・・・カフェで出会った若い女の子に自分が未来人だと告げた

何故、その子にだけ正体を明かしたのかわからない


しかし、正体を明かしても彼女が苦しむだけだと想い
「あの話しは嘘だ」と言って、嫌われてしまった(´;ω;`)


帰還の直前、メールで「あの話しは本当は嘘じゃない」と送りたかったけど
スマホを持ってる手が既にボロボロになってて
女の子の名前自体も思い出せなくなってた
このパラレルワールドでの存在が消えかかってるからだと、直観で感じた

かろうじて「ハートマークの絵文字」だけがうてたけど
そこで時間切れだと悟り、仲間とここまできた黒い車に乗り込んだ走る